オックスフォード通信(95)留学するならアメリカよりもイギリス(ヨーロッパ)?

留学はイギリスへの方がいいかもしれない。
これまで留学をするならカナダかアメリカと思ってきましたが少し考えが変わってきました。

昨日、ピーターラビット研究で著名なK先生と奥様に夕食にお招きいただき、オックスフォードで最も有名なレストランのひとつのトラウト・インを訪れました。場所も素敵なところだったのですが、料理も最高でビール(エール)と相まって素晴らしい夏の夕食を楽しませて頂きました。

その際にも話題に上ったのですが、イギリス人と日本人にはいくつもの類似性があるように思います。

例えば、控えめなところ。オックスフォード大学のセミナーに参加しても北米の学会にあるようなグイグイ質問する雰囲気ではなくて、周りを気遣いながら質問する姿を何度も目にしてきました。先日の生理学部の公開セミナーでも質問は一つ、司会者からもう一つ、もう質問も出ないのででは終わりましょう、という感じで予定の時間よりも早く終了してしまいました(全てのセミナーでそうであるわけではないですが。総体としてそのような印象があります)。これにはとても意外な印象があります。

その反面、相手の考えをじっくりと聞く姿勢を持っているように見えます。共感的態度があると言ってもいいでしょうか。

また、体型が特に男性はそれほど大柄な人は多くなく、日本人とそれほど体格が異なるという印象を受けません。

また質素で自然を(特にガーデニング)を愛する傾向があり、自宅の庭の手入れに時間をかけておられます(この点は日本人と異なるかもしれません)。

また伝統を頑なに守り外形的な変化を好まない傾向があると思います。つまり、自分が一度いいと思ったことは周りがどれだけ変わっても変えない。街中で時々オールディーズの自家用車に乗っている人を見ることがあります。また携帯もBlackBerry風の日本で言うところのガラ系を使っている人も目にします。

全般的に物事の考え方が堅実で真面目な人が多いように思える。

一方、K先生とも昨日話をしていたのですが、日本人と大きく異なるのが車の運転です。先日、湖水地方にK先生に連れていっていただいた際にも行き違いのできそうにもない道をものすごいスピードで(恐らく80キロ以上)皆さん走っておられました(K先生も)。5月にレンタカーを借りて Cotswolds を訪れた際にも(通信42を参照)同じことを感じました。ハンドルを握ると人間が変わるのか、スピード狂の人が多いように思えます。

これらはあくまでも印象なのでこれから変わるかもしれませんが、こと教室や英語使用に関しては、少し控えめでじっくり話を聞いてくれるイギリスの方が、同じく英語使用については奥手な日本人には向いている部分が多いのかもしれません。

あまり質問しない、出過ぎない、極端に大柄な体型の人がいないこのイギリスの環境は合わないという人もいるかもしれませんが、日本人の気質にあっているような気がします。

そう考えると、日本はアメリカを意識的にも無意識的にもモデルにしてしまっているのではないかと思います。自分から話をはじめ、分からないことは残らす質問し、周りの雰囲気よりも自分の学習を優先する。これは英語という言語と結びついた傾向だと思ってきましたが、これらは全てアメリカと結びについた傾向なのかもしれません。

この点については今後もう少し考えて見たいと思います。

(2018.6.30)

★今回の教訓:アメリカとイギリスのハイブリッド版のカナダもいい。オープンで人に優しいところは魅力的。特に人に優しいというところはカナダに優る国はないかもしれない(K先生曰く、スコットランドも人に優しいとのことだが)。
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オックスフォード通信(94)ワールドカップ in オックスフォード

日本チーム、おめでとうございます。

オックスフォードに住む日本人の組織(通信46参照)の呼びかけでみんなで応援しようということで、大学会館に当たる University Club で皆さんと一緒に観戦させて頂きました(私は前半のほぼ終了時点から参加)。これほど居たの?というくらい多くの日本人が集まって(と言っても約50人くらい)熱の入った応援がなされていました。食堂と兼用のホールには大きなテレビが4台あって、その内の2台が「日本ーポーランド」残りの2台が「セネガルーコロンビア」でした。午後3時同時キックオフだったのでほぼ同時に両方の試合がテレビ放送されていたことになります。

もちろんオックスフォードにはコロンビやセネガル出身の方もいて時々歓声が上がると「点が入ったのか?」と日本人グループも気になります。何せ、コロンビアーセネガルの試合次第で日本の決勝リーグへ進出も微妙となります。

オックスフォードなのでビールサーバーは当然のようにあるのでエールを(わたしはハーフパイント)飲みながら(社会学者のK先生はここでもアサヒスーパードライの瓶を購入されていました)の観戦です。

試合はご存知の通りなのですが、おやっと思ったのが、配偶者を除いてほぼ100%の参加者が男性だったことです。それはすなわち、オックスフォードの大学院やポスドク(博士号を取得してから研究を続ける研究者)はほぼ男性ということです。もちろん、先日お会いした法学を研究しているKさんのような女性の例もあるのですが(すいません、またはサッカーに興味のあるのが男性の方が多いだけでオックスフォードには沢山の日本人女性がいるのかもしれません)興味深かったです。

自宅で見るよりはパブでパブよりは同国民が集まって見る方が楽しいですね。それはまぎれもない事実で、久々にミニジャパンという感じでした。

私は正直なところあまりサッカーに興味がないので(ラグビーの方が好きです)、最後の西野監督の「0-1でファウルをしないようにして負ける」戦術にどうこうというコメントはありません。負けるが勝ち?ただ、見ていて面白くないのは事実でしたし、最初は何が起きたのか分かりませんでした。同じことは同日夜の「イングランドーベルギー」でも見て取れました。イングランドの先発にKaneなどの馴染みの顔はなく決勝リーグに温存しているようでした。というよりは決勝リーグでブラジルなどの強いグループに入らないように「わざと負けるようにした」という新聞報道もあります。まあ、Clubで見ていた日本人からブーイングはなく、決勝リーグに進むことができたことを喜ぶ声が多かったですが、まさに戦術を練った結果なのでしょう。

でも興味深いのは同じチームでも日本なら6名選手が交代しただけでも全然別のチームのようになってしまう点です。これは学校の教室でも同じことが言えることです。数名メンバーがいなかったり、変わるだけで集団は全然別のものになってしまいます。Chemistry という一語でいい表されることもありますが、まさに化学変化によって別物に変わってしまうのでしょうね。

次の試合も是非、University Club で皆さんと応援したいと思います。

(2018.6.29)

★今回の教訓:試合の終盤になって、音さ小さいでしょうと、University Club の職員がリモコンで音量を上げた。あなたがリモコンを持っているとは知らなかった。なら最初からもっと音量を上げて欲しかった。そこまで誰も文句を言わないのが日本人の美徳か。
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オックスフォード通信(93)オックスフォード風オープンキャンパス

オープンキャンパスというと日本だけかと思ったのですが、今週は全カレッジでオープンデイを実施していました。

わざわざ出かけた訳ではないのですが、各カレッジが普段見慣れないような横断幕を掲げ、テントを張っていると否が応でも目に入ります。植物園 (botanical garden)に行くのがそもそもの目的だったのですが(English Gardenなのであまり大したことはない)横断幕に釣られてその前の Magdalen Collegeに入ってみました。

College Ambassador というロゴの入ったTシャツを着た大学生がグループを作って普段は入ることのできないカレッジの中まで案内してくれます。私の今回の在外研究では学部(教育学部)に所属していますが、カレッジには所属していませんのでこのようなカレッジの奥深くまでというのは興味津々です。といっても彼らの寝起きする寮とコモンルームのような集会場があるだけですが。さすがと思うのはそのような集会所にもビールがあるのですね。まさにパブインカレッジです。そういえば、最近改装工事の終わったパブ、Kings Arms も以前は4月のはじめにお世話になていた Wadham College の一部だったという話を聞いたことがあります。ギネスもあったりしていいなあと思ったのですが、値段は街中のパブと変わりないものだったのが少し意外でした。

世界No.1 と言われるオックスフォード大学でもこのようなオープンキャンパスをしていることに感慨を覚えました。ただよく見ると参加者の半分くらいは観光客で普段は入場料(£2くらい)を取られるところが無料になっているのにちゃっかり便乗しているようでした(私も)。

ただカレッジの外ではギャップイヤーを利用してインターンシップなどに参加しようとビラを配っている学生もいて興味深かったです。一つ分からなかったのは各カレッジが、プライドパレードで利用するレインボーの旗を掲げていたことです。恐らく、LGBTに私たちは配慮していますよ、というメッセージなのだと思いますが。

(2018.6.28)

★今回の教訓:オープンキャンパスはどの大学でも。参加の高校生(恐らく)はほぼ親と一緒。このあたりも日本とよく似ている。
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オックスフォード通信(92)Hillary Clinton in Oxford

前国務長官でトランプとアメリカ大統領選挙を争ったヒラリー・クリントンさんの講演会がオックスフォード大学で開催されました。

といっても、チケット(無料)は瞬間的に売り切れとなってしまったのでFacebookを通しての生中継(午後5時半から)を見ました。

若者に期待している、民主主義の未来に期待している、女性の権利(Women’s rights are human’s rights and human’s rights are women’s rights) 、この3つのことについて約1時間の話でした。分かりやすい言葉を選び、プロクターがあったにせよ、聴衆とアイコンタクトを取りながらのいい講演だったように思います。

特に、時間はかかるが人類が進歩するにはデモクラシーは最も優れた方法であるという点には大いに納得をしました。トップダウンで物事が決まることが大学でも最近は多くなってきました。その割にはその決定過程が明確でなかったりその方針に首をかしげるものが多かったり、結果責任をそのトップダウンを決定した人達が潔く引き受けることもないのが現状です。現在のトップダウンは途中プロセスをすっとぱした単なる手抜き民主主義だと思います。ヒラリーさんの講演を通して、もう一度民主主義の手順を考えてみなければと思えたのはよかったと思いました。特に、民主主義的の結果、決定した結果責任、検証について考える必要があると思います。

ところで、昨日(火曜日)に参加したPhisiology 学部(生理学)のセミナーで「自信と意思決定の関係」という講演がありました。数式の部分は良く分かりませんでしたが「自信を持って間違えた場合と、自信がなくて成功した場合」から人は多くを学ぶという結論にはとても興味を覚えました。逆にいうと「自信がなくて失敗した場合」(及び自信があって成功した場合)からは人は学ばないということです。

民主主義ではこの自信がない場合の意思決定が大きいのではないでしょうか。特に、自信が無くて失敗する場合が。この場合の責任は誰が取るのですか?というと自分は自信が無くて意思決定に参加しているわけですから、実は個人的には反対だったけど多数決でそう決まってしまった、自分の意見は正しかったわけだから責任を感じたり、そこから学ぶことは少なくなってしまうと思います。戦争責任がその典型的な例です。個人的に戦争に賛成する人は(ほとんど)いるわけがないので、みんながそう決めてしまったから仕方ない、私には責任はない、よってそこから反省もなく、次に生かすことはできなくなります。トップダウン方式のエセ民主主義の場合にはトップダウンした本人は自信満々で望んでいるわけですから、本来は痛切な反省や責任を感じるはずですが、その部分だけ「みんな」に責任転嫁してしまう。皆んなが賛成したのだからと。

演説に戻ると、正直なところ、ヒラリーさんの美しい言葉とは裏腹に何か違和感を感じたのは私だけだったでしょうか。それは決してヒラリーさんが大統領選挙に敗北した敗者の遠吠えだったからというわけではなく、自分は引退するけど若者は頑張ってねといっているように聞こえたからでもなく、恐らく大統領選挙中にも投票権を持つアメリカ国民が感じたであろう違和感です。

言行不一致という言葉で表してしまうと少し違うようにも思えますが、ヒラリーさんの言う民主主義はあなたの又はあなたが重要だと思う人達にとっての民主主義であって、そこに含まれていない人達は見捨てられているのではないか、と言う危惧です。確かにマイノリティーや女性の権利を述べていますが、その一方で「正義」のためであれば他国にミサイルを打ち込んでも仕方ないと思っているのではないかと言うことです。簡単に言うと民主主義のためなら沖縄のオスプレイが墜落しても「仕方ない」と思っているのではないかという危惧です。

彼女の言葉通りに民主主義のために若者が立ち上がり、世界の平和のために尽力するのはいいことですが、ヒラリーさんの正義のために尽力するのとは少し違うな、と思うのです。事実、1%の人達が99%の富を独占していることに反対運動を起こした若者はヒラリーさんを支持しませんでした。逆説的ですが、とても民主主義とは縁遠く見えるトランプの方が世界平和に貢献しているように見えます(例えば最近の米朝会談)。そう考えるとヒラリーさんの考える民主主義って本来の民主主義とは異なるものなのではないか、とも思えるのです。

いい演説だったと思いました。でも、生の話ってここに述べたような微妙な違和感を伝えてくれるので面白いです。質問を受けることもなく、演説が終わってそそくさと帰っていかれた姿勢にもそれは現れているように思えました。

念のために、私はヒラリーさんは嫌いではありません。

(2018.6.27)

★今回の教訓:今こそデモクラシーを、デモクラシーについて議論しようというヒラリーさんの訴えは逆説的だが正しい。その結果、アメリカのデモクラシーとは異なるデモクラシーの結論になろうとも。
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オックスフォード通信(91)帰国便がすでに・・・

フライトは一年のオープンチケットを購入しました
といっても購入時には半年後までしか設定できないため、当初の日本への帰国便フライトは11月になっています。イギリスに到着してから来年3月末に変更することになっていたのでそろそろしておこうと思いANAのロンドン支店(と言っても電話は結果的に日本に転送されているようですが)に電話しました。

予約でいっぱいです

例によって長時間待たされた挙句(ただいま電話が混んでおります、という例のアナウンスの後、30分くらいは音楽を聴きながら待たせていただきました)、衝撃のご返答。そうなんですね3月というと日本は年度末、帰国する人が多いようです。特にこのタイプのチケットは席の割り当て数が少ないようですぐに一杯になってしまうとの事。しまった!旅行代理店から言われているように4月末に電話してをしておけばよかった、と思うのですが、その時にはそんな気にもならないのですね。この辺りが海外生活の難しさです。

ただ海外で大事なのは冷静になって対応策を考えるです。以前こんな事がありました。空港での話ですが、カナダのトロントから日本に帰る便。時期は同じ3月末。超まで行きませんが格安のチケットで、トロント→シカゴ→大阪、という便で帰ることになっていました。ところが、ピアソンインターナショナルエアポートのNorthWest航空(現デルタ航空)のカウンターに行くと、トロント→シカゴがキャンセルになったと平然とのたまうわけです。I am sorry も何もなしに、君にはオプションが2つあると:①その晩ホテルを用意するのでそこで泊まって翌日の同じ便で帰る、②香港まで行って、そこから乗り継いで日本に帰る、That’s All. えー、ですよね。

でもよく考えると何かおかしい。そうなんです。トロント→シカゴは精々1時間くらいのフライトです。本丸のシカゴ→日本がキャンセルなら諦めますが、トロント→シカゴは色々な行き方があるはず。

落ちついて(ここが海外では最も重要で最も難しい)、本当に他にはオプションはないのか?トロントからシカゴへは本当にいけないの?と聞いてみると、渋い顔(本当にそのような顔をしておられました)をしながら、ないわけではない、と仰るのですね。ルートは、トロント→デトロイト→シカゴ。なぜそのルートを先に言わなかったかというと乗り換えが大変だということよりも他航空グループを使わないといけないからなんです。あるじゃないですか。ということで、そのルートで横で私の話を聞いていた福井県出身のビジネスマンと一緒にそのルートに乗りました。実際、デトロイト→シカゴが大変で、シカゴ・オヘア空港(あの映画『ホームアローン』で迷子になる空港です)の巨大な空間を映画さながらに全速力で走ったのを鮮明に覚えています(なにせ乗り換え時間が10分くらいしかなかった)。後日談として私達は無事に乗る事ができたのですが、福井県のビジネスマンのスーツケースは乗り遅れて(なぜ彼の分だけ?)関空には到着しませんでした。

ということで、現在対応策を考えています。①まずANAにご相談。片道のチケットを取り直す、キャンセル待ちをする(この場合waiting listはないので時々電話をする)、11月までに空きがあれば片道チケットをキャンセル、逆の場合にはオープンチケットをキャンセル(税金分は返却されるそうです)。②次に電話で(国際電話も最近は快調です [通信11参照])旅行代理店に相談。

ということで当初予定していた日程での帰国が少し怪しくなってきました。まあ最善を尽くして楽天的にことの進展を待ちたいと思います。Good luck to me!

(2018.6.26)

★今回の教訓:航空券は複雑。でもANAの日本直行便で帰りたい。
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オックスフォード通信(90)i-Seminar 第11 (10) 回目: オリバーストーン

映画『Snowden(スノーデン)』(オリバーストーン監督、2016年、Netflixでも視聴可)この最後のシーンにモスクワにいるスノーデンと(恐らく)アメリカの会場をインターネットで結んでインタビューをするシーンがあります

スノーデンはモスクワの一室でラップトップコンピュータ、会場にはスノーデンのテレビ通話の画面が映ったキャスター付きのモニター。そのモニターが時々インタビュアーや会場を向いてアイコンタクトを結んでいます。

このシーンを見ていて、ハッと思いました。今、若ゼミ18のインターネットゼミでしていることとほぼ同じ。違うところは、キャスター付きのマックが手動という事くらい。むしろ、MacをApple TVを通してワイヤレスでプロジェクタにつないでいる点は若ゼミの方が進んでいるかもしれません。

本日も午後3時(イギリス時間午前7時)~ 午後6時40分までの約3時間半のゼミ。改善点はハードではなくむしろソフトの問題。メンバーから指摘がありましたが(このような指摘があるところがこのゼミが世界一のゼミを目指している証)、インターネットの接続状況が良くない時にゼミがダレてしまうというもの。これはまだゼミが完全に学生主体となっていない証拠かもしれません。自分達の貴重な時間であり、大切なセッションと思えば緊張感も生まれてくるもの。この点は日本にいる若ゼミメンバーに改善を託したいところです。

これは1年限りの実験ですが、もしこのようなインターネットゼミを更に長期間続けるとしたら、オックスフォード側にスタジオではないのですが、机周りにMac、iPad、メモ帳、書籍と機能的に利用できるセットを作るといいと思います。最初の3回はオックスフォード大学からの中継でしたが、オックスフォード大学のインターネット回線(WifiはEdurome)がそれほど高速でないので自宅に切り替えていますが、特に自宅からの場合にはそのようなセットを作る必要があると思います。関係ないですが、オックスフォード大学の先生方の研究室(Office)では座り机を立ち机に切り替えることのできるデスクを使っている先生が多いように思います。

さて、4月から始まったインターネットゼミもいよいよ春学期最終の7月に突入します。第16回を迎える英語英文学科ポスタープレゼンテーションが7月7日(土)に同志社女子大学今出川キャンパスで開催されます。若ゼミは本年より英語でのプレゼンテーションに移行します。ポスターの出来ばえと共にゼミとしての一体感のある発表会を作り上げる心意気です。このブログをご愛読、またはたまたま読んだという皆さん、お時間が許せば、私の代わりに(私もできればオックスフォードから参加したいと思っていますが)是非発表を聞きに行ってやってください。

(2018.6.25)

★今回の教訓:オリバーストーンの映画との共通点を発見して興奮。ひょっとしたらかなり最先端のことをしているのか。インターネット、英語でのコミュニケーション、ファイル共有による遠隔地黒板(ホワイトボード)。
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オックスフォード通信(89)タトゥーに対して鈍感な国

タトゥーが気になります(したいわけではありません)
イギリスに来てから(さすがに大学関係者にはいません)タトゥーをしている人を街中で本当によく見かけます(あとは、飲酒運転と喫煙)。特に、サッカーのW杯になってから入れ墨をしている選手をよく見かけます。腕に足に、テレビの中継を見ていると気になります

先日のアルゼンチン対クロアチア戦などでは試合の最後に近づいた場面でアルゼンチンの監督が上着を脱いで両腕の見事な(?)刺青を見せていました。さながら時代劇の遠山の金さんのようで滑稽でした。どういう感覚なのか表現する言葉を見つけられませんでした。

刺青は男性に限らず女性もしている人が多く見かけます。妻とはああ、日本の温泉に入れないね、と冗談を言っていますが、なぜこれほどタトゥーをする人が多いのでしょうか。

自分に自信がある人は決してタトゥーをしない、これは洋の東西を問わず事実だと思います。恐らく面白半分でしているのでしょうが、それを可能にするようにオックスフォードですら(?)街の中に看板を出している店があります。

少なくとも私はイギリス人であってもタトゥーをしている人に複雑な気持ちはあっても好感を持つことはありません。一度タトゥーをすると取るのが大変なことも知らないで無邪気な感じもします。

持って生まれたものでないものをつけて何かメッセージを発しようとする姿勢には組みする事ができません。

(2018.6.24)

★今回の教訓:どこの国でもダメなものはダメ。
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オックスフォード通信(88)ご近所さん

同じフラットに住んでいる方のお家にお招きいただきました。

出かけるときにばったり出会い、挨拶をしている中で一度一緒にご飯でも、という話になり昨日ご自宅にお招きいただきました。同じフラットで部屋の作りは同じなのですが住んでいる人が違うとこうも違うかというくらい違いますね。だいたい靴のまま。ライトも間接照明が多く、暗くしてあります(我が家は白熱球ですが煌々と照らしています)。

AさんとJさんのカップルはフランス人同士です。Aさんはフランスでもバスク地方に近いところ、Jさんは母方がイタリアのベネチアの少し北のご出身。フルのフランス料理でおもてなしをいただきました。7時ごろから気がついたら12時くらい(夜の)になっていました。最初の1時間はappertizer という感じでJさんが焼いたクッキーにフランスワイン。その後、チキン料理で今後は赤ワイン。食後はデザートをいただきながら、ガーベラのお茶を。そろそろ遅いので帰ろうかと言っていたらとっておきのコニャックを出してくださいました。

Aさんは3年の予定でオックスフォードに赴任されたビジネスマン。ブラジルにも親戚がいらっしゃると。お二人と話をしていると、彼らにとっては世界は一つで狭いものなんだな、と思います。まずヨーロッパは一つで自由に行き来できるものという認識。その他南米や北米も同様。唯一、アジア、特に日本だけが依然として神秘の国に映っているようです。

お互いに母語とは異なる英語で話をするのも楽しい状況でした。グローバルリンガフランカとはこういうことなんでしょうね。この時の文化は動機としての文化ではなくて、コミュニケーションの中身、すなわち「話の中心としての文化」になるのだと思います。いかにヨーロッパの飛行機がいい加減ですぐにキャンセルしたり遅れたりするか、とか街の清潔さとか気づくと、文化的な話が中心になっています。もちろん、食事をしながらなので「日本やフランスの食べ物」は話のメインディッシュという感じです。

NESではない人と英語でこれだけじっくりと話をしたのは久しぶりです。互いの話を真摯に聞こうとする姿勢が互いにあって5時間くらいがあっという間のことでした。NESとの話と大きく異なるのは「互いが同等の立場」にいて「どちらの話も同様に重要だ」ということです。日本で英語を学んでいる環境ではどうしてもNESのいう事の方が正しい(同じことは日本政府とアメリカ政府にも言えるかもしれません)という無意識の心の動きがあるのかもしれません。

どちらが正しいわけでもなく、互いから学ぶこと(刺激を受けることがある)事が重要なのだと思います。そろそろ一方的に言葉を学ぶことをやめにした方がいいのかもしれません。

(2018.6.23)

★今回の教訓:フランスの文化は面白い。特に料理はさすが。話の中で、駅やバス乗り場で列に並ぶ事がないという話を聞いて関西によく似ているなと思った。面白いとまた話をしたいと思う。この繰り返しを日本の中で作ることはできないだろうか。
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オックスフォード通信(87)日本語習得

6月、ろくがつ

昨日、日本語を勉強しているPさんに会いました。日本やアジアについての本を英語で出版されるようなのですが、漢字の読み方について話していました。Referenceの一部に、六月号というのがあったのですが、問題は「月」の読み方なんですね。

もちろん、ガツなんですが、よく考えると、ろくつき、ろくげつとも読めます。私達も恐らく小学校の時には読み間違いをしていたと思うのですが、長い年月の間におそらく1000回以上この言葉に接したり、このロクガツゴウという言葉の響きに日本語のリズムを発見してしっくり来ることをどこかで納得(直感)したのでしょう。

日本語が母語でない人が日本語を話したり読んだりするのを見ていると昔の母語習得のプロセスが少し見えるようです。それ以上に興味深いのは英語を外国語として習得する際にも同じことが言えるんだろうということです。NES (Native English Speaking) から見ると稚拙なミスも当たり前のことなんでしょう。お互い様ということですね。英語のミスについてお互い様とか仕方ないよ、と(イギリス人がロクツキゴウと読んだら逆にすごいと思いませんか)思える事が大事なんだと思います。

改めて言葉の習得に大事なのは意欲とこのようなちょっとした心がけだと思います。長い道を歩いて来て振り返ったらすごいと思うけれど、歩いているときにはいろいろな事があるのですね。にも関わらずある程度のゴールまで歩き続ける事が大切なんだと思います。

(2018.6.22)

★今回の教訓:エラーは不可避というけれど言語習得はエラーの連続。エラーを沢山する環境を作ることも重要。そのためには、英語は二番目の言語で日本語に付け足すもの、しかもNESになる必要がないというグローバルEnglishの意識を持つ事が重要。
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オックスフォード通信(86)Midsummer (summer solstice)

ストーンヘンジ

イギリスに来てからストーンヘンジに行くべきかどうかいろいろな人に聞いています。R先生は行ってもいいけれどmustではないと。他の人も行ってみたら案外小さかった、入場料を取るし高い(外なのに)、とあまりいい評判を聞きません。私はここに行けばUFOを見る事ができるのではないかと密かに思っていましたので少しガッカリです。

しかし、今朝のBBCのニュースはこのストーンヘンジを大きく取り上げていました。そう今日は夏至なんです。夏至にはストーンヘンジのある角度から太陽が登るらしく、怪しげな(すいません)人達が夜明け前から集まって歓声をあげていました。しまった!行くのなら今日の朝だったのですね。

しかしイギリスに来てから日はどんどん長くなり9時ではまだ日は沈みません。先週訪問したLake District のNear Sawreyでは10時半くらいになってやっと周りが暗くなるような状況でした(オックスフォードよりも30分は確実に日が長いです)。

さあ、陽の長いうちにいろいろなことにチャレンジしておきたいと思います。湿度も低くおそらく多くの人がいうように一年で一番いいシーズンになったのだと思います。

(2018.6.21)

★今回の教訓:シェークスピアの名作 “A Midsummer Night’s Dream” も夏至。冬至は winter solstice。
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オックスフォード通信(85)すいませんでした

日本の地震のことはイギリスでもニュースで取り上げられています。

大阪が地震の中心であったことは衝撃ですし、私の勤務校は京都、自宅は亀岡なのでこちらにいてもお見舞いのメールをいただいています。自宅も研究室も外からは被害のないような状況です。温かいお心遣いに感謝申し上げます。

このようなニュースを聞いて、英語では、I am sorry for that.” ということになるでしょう。ところで、昨日会った日本が大好きで日本語を勉強しているという33歳のイギリス人女性は私に日本語で「それはすみませんでした」とお見舞いの言葉を言ってくれました。

その気持ちはうれしかったのですが、同時に英語を母語とする人が日本語を勉強するのも大変なんだなと思いました。きっと彼女は頭の中で I am sorry とまず思い浮かべ、その次にそれを英語→日本語に翻訳して私に言ったのだと思います。

よく私達が言う英語が自然ではないと言いますが、外国語で自然なことなんてあるのだろうか、と思います。特に、英語をグローバル・リンガフランカとして使うときには母語とする人達はそこは目をつぶることが必要だと思います。

PS. 今日はオックスフォード大学で名誉学位の授与式が行われていました。Encaenia(ギリシア語)と呼称されています。”a festival for renewal” という意味だそうです。映画監督の Martin Scorsese (The wold of wall streetなど)ら7名の方が名誉博士号を授与されていました。式典に参加した教授陣でしょうか、街中にアカデミックガウンを着た方々をほうぼうで見かけました。

(2018.6.20)

★今回の教訓:もう一つの言葉の使い方で悩んでいるのは日本人だけではない。
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オックスフォード通信(84)Put the Crap

分からないことは尋ねるべきだと常々言っていますのでその習慣はオックスフォードでも実行しようとしています。

昨日のある集まりで書く事がなければデータとか統計などの ”crap” を入れておけばいいのだ、という話があったのでつい、What do you mean by crap? と聞いたのですがウケました。なぜこの単語を私はこの年になるまでほとんど聞いたことも使ったこともなかったのかということを考えてしまいました。学校では教えないし、論文でも出てこない(academic wordではないので)。NES (Native English Speaking) People も日本人相手にこの言葉を使うこともない。やはり子供の頃から悪ガキ同士で使っていないと出てこないのかもしれないですね。

英語での理解と日本語の理解には違いがあるように思います。日本語が100%理解して何も疑うこもないような雲ひとつない富士山の状況だとすると、英語は富士山の頂上か裾野のどちらかに雲がかかっているように思います。頂上だけに雲がかかっているときには裾野から頂上を類推する事ができます(そのための背景知識は重要です)。逆に頂上だけ見えているときは結論は分かるのですがなぜそうなっているのか裾野を類推することになります。

自分の知っている領域だとこの雲の量が薄くなって全体像が見えやすいのですが、あまり知らない分野だと雲の奥に山の姿を見にくくなると思います。はっきりしているのはどの分野でも雲ひとつない富士山はなかなか厳しいし、望まないほうがいいのではないかということです。そう言えば、富士山がくっきり見えるのも年の1/3ですね。英語コミュニケーションもその程度を目標にすればいいのだと思います。

(2018.6.19)

★今回の教訓:このたとえはなかなかいいかもしれない。遠くから見ているのではなくて実際に自分が登山する山登りバージョンの方がいいかもしれない。
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オックスフォード通信(83)Language Center

オックスフォード大学のランゲージセンターに行ってきました

オックスフォード大学で学ぶ学生が多様なバックグラウンドから成り立っているのに対応するようにセンターにもざっと見ただけでも10ヶ国語以上の言語学習ができるような資料がおいてあります。少し意外なのはフランス語や中国語と同じくらいの量の日本語の資料があることです。イギリスでそれだけ日本語に関心のある人が多いということなんでしょうか。

それにしてもほぼ無人状態。借りたい人はコンピュータでチェックアウトして帰ってね、くらいのスタンスです。自動化というよりは無人化という方が当たっている感じです。そう思うと日本の図書館の親切すぎる対応が懐かしい感じもしました。

(2018.6.18)

★今回の教訓:ランゲージセンターも大学カードがないと入れない。イギリスのセキュリティはどこまでも徹底、詰め詰めである。
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オックスフォード通信(82)湖水地方 Windermera

湖水地方第四弾。

湖水地方を去る前にこの2日宿泊したウインダミアホテルの裏手の Orrest Head に登ってきました。ホテル前のインフォメーションで道を聞くと、ホテルの横の道をまっすぐ、that’s itというお言葉。少々不安も感じながら時々現れる矢印を目印に登ること20分。妻はこのためにキャラバンを自分だけ買って持ってきていましたが私は普通のスニーカ。

でも不安は杞憂で途中、薪製造工場があったたり怪しいBacksmithがあったり、美しい馬がいたりと少しふうふう言いながら、ちょうど若王寺山頂の新島先生の墓参の感じで登頂完了。

写真の通り、ウインダミア湖の全景が一望できました。

イギリスの自然は美しいですね。

(2018.6.17)

★今回の教訓:帰りの鉄道はウインダミアからOxenholme Stationまでは運休でバス代行。おそるべしイギリス鉄道。

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オックスフォード通信(81)湖水地方 Near Sawrey

湖水地方第三弾。

K先生に丁寧にご案内していただいたおかげで随分、湖水地方やそこで生まれた文学に詳しくなりました。英語英文学会50周年記念誌 Wondering Aloud にも書かせていただいたのですが、私は教育学から英語教師としての実践、そこから大学院で応用言語学を学び理論の世界に入ってきたのですが、今回の旅でこれまで後回しというよりも避けてきた感のある英文学の世界がそれほど敷居が高いものでもなく、湖水地方の豊かな自然の中で生まれた文学であることに随分感銘を受けました。

詩を書いたり、文学作品を書いたりしようとは思いませんが、Hill Top のギフトショップで買い求めたPeter Rabbit からじっくりと読んでみようと思います。

この旅の中で何度もBeatrix Potterと言おうとしてHarry Potterと言ってしまっていました。半径2M以内にいたみなさまは憤慨しておられたことと思います。すいませんでした。

(2018.6.16)

★今回の教訓:日本の湖水地方にあたるところはどこだろう。

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オックスフォード通信(80)ワーズワースの世界

湖水地方第二弾。今回は桂冠詩人として(つまり女王に認められた詩人)名高いWilliam Wordworth の足跡を辿りました。

名前くらいしか知らなかったのですが、湖水地方、特に Grasmere湖の周辺にある彼が主だった詩を書いた家のGuided Tourに参加したり隣接する資料館を見る中で詩というよりもどのようなバックグラウンドで彼が詩を書いていたのか、彼にとって詩とはどのような意味があったのか少しわかったような気になりました。

1770年の生まれということですので日本でいうと江戸時代中期から末期まで(1850年没)生きた詩人ですが、イギリスは産業革命がイギリスで同時に進行していても彼が水仙 (The Daffodils)に読んだ湖水地方は今日までその風景を変えていないのでしょう。

自然と一体となった中で湖畔で発見したことを家に立ち戻って詩に表したとのことです。ワーズワースにインスピレーションを与えるものが自然の中にあったのですね。もちろん、Biatrixと同様、誰もが同じ風景を見ていても彼だけに自然がその秘密をそっと解き明かすカギを渡したのでしょう。

Daffodils

I wander’d lonely as a cloud
 That floats on high o’er vales and hills,
 When all at once I saw a crowd,
 A host of golden daffodils,
Beside the lake, beneath the trees
Fluttering and dancing in the breeze.

Continuous as the stars that shine
And twinkle on the milky way,
 They stretch’d in never-ending line

Along the margin of a bay:
 Ten thousand saw I at a glance
Tossing their heads in sprightly dance.

The waves beside them danced, but they
 out-did the sparkling waves in glee: 
A poet could not but be gay
In such a jocund company!
I gazed – and gazed – but little thought
 What wealth the show to me had brought.

For oft, when on my couch I lie
In vacant or in pensive mood,
They flash upon that inward eye
Which is the bliss of solitude;
 And then my heart with pleasure fills
 And dances with the daffodils.
(from http://www.bbc.co.uk/poetryseason/poems/daffodils.shtml)

一方で、ワーズワーズが通っていた Hawkshead にあるGrammar School (中学校)も内部を見学することができました。当時は8才から16才までの男子のみが通っており卒業後はケンブリッジやオックスフォードに進学していたようです。驚くのは8才からビールやタバコが許されていたり、ナイフで机に名前を彫ったりする事が容認されていた事です。ワーズワーズ の直筆の自分の名前の見事彫りも残されていました。残しているのもすごいですが、今の中学校なら親が呼び出されるくらいの問題行動だったでしょうね。彼の詩からは想像できない荒々しい少年時代があったという事ですね。

私は英語学習の個人差の研究をしていますが、昨日のBeatrix PotterにしてもWordsworthにしても彼らは天才なのかもしれませんが、淡々と一つのことを観察したり考え続けたからこそ、自然(神)はそっと何かを語りかけたのでしょうね。

(2018.6.15)

★今回の教訓:じっと同じことを追求することは重要だ。
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オックスフォード通信(79)ビアトリクス・ポターの世界

K先生にお誘いいただき湖水地方に来ています。

ピーターラビットで有名なThe Lake District ですが、オックスフォードに来てから知り合いになった東京のD大学のK先生の車に同乗させていただいています。オックスフォード→バーミンガム→マンチェスター→(リバプール)→ランカスターと快適な車の旅(途中2回サービスエリアで休憩)、そして Near Sawrey に到着しました。

K先生はピーターラビットについて日本で多くの本を執筆されたり(何冊も本をいただきました)、展覧会の監修をなさるなどピーターラビットの権威です。にも関わらず物腰も話し方も丁寧で優しく、ピータラビットの本に出て来るNationa Trust Hill Top を中心に案内をしていただきました。

湖水地方については同志社女子大学名誉教授のS先生からイギリスに行ったら必ず行くように厳命されていたのですが、こんなに早くしかも一年で一番イギリスが美しいという季節に訪れることができて幸運に思っています。特に、普通なら通り過ぎてしまうところもK先生の学識溢れる明快な説明で Beatrix Potter の世界に浸ることができました。ありがとうございます。

いくつが発見があるのですが、一番驚いたのが Potter のものを見る力です。生誕150年が2年前ということですから江戸時代末期から明治時代のことです。その時代に生きていた人たちが同じ風景を見ていたのになぜ彼女だけに、ウサギの物語が聞こえてきたのでしょう。不思議です。Hill TopのBeatrix の家の展示にも書いてありましたがそれはPotter が豊かな自然の中に美しい物語を見つける「見る力」を持っていたからだと思います。なぜ彼女だけにできたのか。

恐らく、誰もがそう思っていたのだと思いますが(自然は美しい、そこに生きる動物にも躍動感が溢れていると)、それを彼女の中にある何かとうまくつなげたのだと思います。それは絵が上手かったとか、そもそもそれだけの生活の余裕があったとか、いえるかもしれませんが、月並みな言葉で言えばそれが天分だったといえるのでしょうが、私はなぜか彼女が毎日を生き生きと生きようとしていた気持ちだったのではないかと思います。時代が時代でインターネットも何もない時代ですが、Beatrixが大事にしていたというい庭を見た時に、なぜか彼女の楽天的な気持ちが伝わってくるような気がしました。おそらくK先生という最高の先達がいなければそんなことにも思いも寄らなかったと思うのですが、自然の中に美しいものを見つける力は人生に対する明るい気持ちを持っていなければ(その相乗効果もあると思いますが)生まれなかったのではないかと思います。

夢を見つけ、物語に紡いだこと、それはプリンスエドワード島で見た Montgomery のAnne of Green Gables に出て来る輝く湖や恋人の小径にも通じるものがあるように思いました。

これだけ多くの人が繰り返し訪れるところに普遍的価値を感じずにはいられません。

PS. 今日は日本にいる子供達の誕生日です。Happy Birthday!

(2018.6.14)

★今回の教訓:一見平凡なものに価値を見出すことができる人がいるのはなぜだろう。ポターだけではないはずだ。
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オックスフォード通信(78)その場での質問

セミナーに出ていて悔しいのは質問できなかった時です。

応用言語学セミナーのような専門セミナーは質問しやすいのですが、昨日や月曜日のような教育評価や教育心理学の質問は少し構えてしまします。

参加者の人数は20名程度なのでそれほどプレッシャーはかからないのですが、まずテクニカルタームが分かりにくい、その後で議論されている中心も分かりにくく質問の輪に入れないことがあります。そのような時に限ってセミナーが終わってからいい質問が思いつたりします。

日本の会議でもそうでしたが、その場で瞬間的に質問を考えるのにはコツが要りますります。

それはまず、

1)シンプルに考える。日本の状況に当てはめて考えてみること。プレゼンターは当然巧妙に(?)入り組んだ話をしますのでそのまま聞くと納得してしまいます。ですから、なるべく単純に日本だったらどうだろう?これはイギリスだから成り立つのではないかと。

2)なるべく前の方、プレゼンターに近いところにすわること。これは一番効果的ですね。前の方にいると後ろにいる人が気にならず、逆に後ろのほうに座ると周りが気になりなかなか質問しにくくなります。

した後悔よりもしなかった後悔の方が大きい
と言いますが、質問についても同様です。

オックスフォードの印象はトロント大のような北米の大学よりも温厚で穏やかな質問が多く、日本のように質問があまりでない印象があります。これは島国という共通点から来るものなのでしょうか?

質問する態度も重要な研究テーマですので今後も質問をしながら考え続けてみたいと思います。

(2018.6.13)

★今回の教訓:質問するとそこからさらに新しい考えが生まれるものだ。
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オックスフォード通信(77)English as a global lingua franca

本日の応用言語学セミナーのトピックはズバリ国際共通語としての英語でした。

講師はエジンバラ大学のG先生でした。セミナーに出ていて気づくのはわかりやすく聞き取りやすい英語で話されることとそうでない方がいることです。G先生は最初に経歴をお話になったのですが、なるほどとうなづくものでした。というのも、スコットランドの大学を卒業して日本でALTとして中学や高校で英語を教えておられたからです。

英語や他言語を教えたことがあるかどうかでその人の話し方がはっきりと異なるように思います。

English as a global lingua franca (EGLF) と English as a lingua franca の違いはないと多くの人は言いますが、globalの場合にはより聞き手に配慮した話し方をするのかもしれません。自分の研究を話して終わりではなくて、聴衆全てが聞き取りやすく話すことを意識することができるかどうか、これは意識の問題だけで片付く問題ではなく、そのような習慣をつけてゆく必要があるように思います。

EGLFは今回のオックスフォードでの研究の一つの核になるものですので引き続き考えてみたいと思います。また講演終了後お話をしていてエジンバラはいいところだとおっしゃっておられたので機会があればぜひ行ってみたいとも思いました。

PS. 写真はサマータウンに出ていたホットドックのお店。Bratwurst というドイツ風ソーセージ (wurstはドイツ語でソーセージ)が美味しかったです。

(2018.6.12)

★今回の教訓:聞き手を意識した話し方は日本語でも重要だ。
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オックスフォード通信(76)i-Seminar 第9回目:質問の仕方

本日も10名でのゼミとなりました。

先週で春の論文を読み終わったので本日はK先生に “How to write a thesis comfortably and effectively” というトピックについて講義をしていただきその内容について議論をするという形式を取りました。

今回は新たな実験としてK先生の講義中に質問やコメントをLINEのゼミグループに投稿して見ました。意気込んでいたのか、途中までゼミラインではなくてゼミメンバーのAさんの個人スレッドに投稿するというミスはあったもののなかなか面白かったです。

というのも、確かに、オックスフォードでもセミナーの途中で質問してね、とプレゼンターは言いますが、イギリス人でもなかなかそれはしにくいもの。まして日本の教室でネイティブの先生が話をしている最中に、”Excuse me?” というのもなかなか勇気のいるものです。

実際には私が投稿をしてそれをK先生が話しながら器用に見ているという形でしたが授業の一つのオプションとしてうまく機能したように思います。

K先生のアドバイス、このブログを読んでいる皆さんにも役にたつと思いますのでその一部を掲載しておきます。

(1) Make a schedule in a reverse way thinking backward, that is, how many days you have. As of today, you have 192 days left.
(2) Do not procrastinate what you have to do today. Write a little bit every day, say 100 words a day.
(3) Have a break. For example, when you work for 55 minutes, have a 5 minutes break. Also, think of having a day off. Geoguessor (https://geoguessr.com/) is good for a break.
(4) Think about when you can work better, in the morning or in the evening.
(5) Be strict to yourself.

(2018.6.11)

★今回の教訓:LINEを効果的に使うことも大学ならできるかもしれない。

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