オックスフォード通信(358/07)Enlightment

認知言語学者として著名なスティーブン・ピンカー教授の講演会に行ってきました

スティーブン・ピンカーはハーバード大学教授でノームチョムスキーの後継者と目されている著名言語学者ですが、近著は「悟り」とも訳せる、Enlightment というタイトルの本です。たまたまBlackwell(書店)で事前に本を買っていたのでパラパラと見ていたのですが、トピックは多岐に渡り、時代も過去200-300年と遡りながら統計的データを元にして論じています。

簡単に言うと、時代と共に、人類は進化しているし、幸せになっているというものです。

講演会とは銘打ってありますが、オックスフォード大学の教授が聞き役になり、その質問にピンカー教授が答えてゆくというものでした。

人類が進化しているという点については、質疑応答のコーナーで、シリア出身という男性がそのように思えないと述べていましたが、個々人や個々の国と人類全体というレベルで議論するとその結論は異なってくるのかもしれません。

それ以上にピンカー教授が言語学からこのような、何とまとめるとよいか分からない領域に足を踏み出していることに興味を覚えます。チョムスキーが政治の領域で多くの議論をしていることとよく似ています。恐らく、これまでの領域では自分の研究課題を全て解決してしまったということなんでしょう。応用言語学者のドルネイが近年、神学で博士号を取得したこともよく似た話に8なるかもしれません。

いずれにせよ、個々人や個々の地域や国というレベルで考えるとなかなか人類の進化を実感できないのですが、統計が間違っていないとしても、また統計データの読み方が適切であるとしても、昔では考えることのできなかった悲惨な事件が多く起きていることはどう読み解けばいいのでしょう。

恐らくそれらを表す指標自体がまだないのかもしれません。また比較の対象を巨視的だけでなく近視眼的にすることも必要なんでしょう。

ただピンカー教授が主張するように、人類は悲惨な戦争や事件を乗り越えながらも、全体として進化しようとしているのは事実だと思います。それは教育の効果、インターネットによる情報の瞬時による伝達ということもありますが、根源的にはそれぞれよりよい生活を目指して努力するヒトという動物の中に埋め込まれたDNAのせいかもしれません。

教育の役割は?個々人の努力の必要は?神の存在は?などいろいろな点についていいヒントを得たと思います。

★今回の教訓:講演会のあと、サイン会があった。あれだけの世界的に著名な学者でありながら気さくにサインに応じているところに人間的魅力をみるけることができる。もちろん、並ばさせて頂きました。

(2019.3.20)

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オックスフォード通信(357/08)リチャード3世

ロンドン・グローブ座でシェークスピア劇を見てきました

とはいえ、グローブ座で公演がされているのは4月から10月までの半年のみでその他の時期はSam Wanamaker Playhouse (寄付者の名前)という室内劇場でおこなわれています。午前11時からのグローブ座のGuided Tourに参加した後、午後1時からの公演という流れで参加しました(1時間半+15分の休憩+1時間)。

グローブ座のツアーも中々興味深くその歴史から現在3代目となっている建物のいわれについても詳しく教えて頂きました。創建当時、ロンドンの人口は20万人程度、城壁で囲まれた(シティーもここから)割りと小さな範囲で、当時のテムズ川の川幅は現在よりも広く、市民は対岸に住んでいてそこから船で劇場にやってきていたようです。夜になると治安が悪くなるので演劇は昼間のマチネでおこなわれていたのことです。

ロンドンの街を歩いていて、例えばビッグベンの辺りに、住所を表す看板に、City of Westminster とあるのを不思議に思っていたのですが、以前のロンドン市の領域は説明の通りぐんと狭い地域だったため、国会議事堂のある辺りはロンドン市に含まれていなかったようです。当時の区域割りを忠実に踏襲しているのにもビックリします。

グローブ座はグランドレベルが1ペニー、上に高くなるにつれて1ペニーずつ料金が上がっていったようです。同じ場所に再建されていませんが大きさと形は同じだそうです。当時で3000人、現在のグローブ座で1500人が収容人数の上限だそうです。当時は体格も現在のように良くなく、背格好も小さかったため現在の倍の人数が入場することが出来たそうです。

見学した際、たまたま地元の中学校の演劇ワークショップの発表会が開かれていました。子どもと思えない堂々とした態度で演じているのに感銘を受けました。

リチャード3世は、暴君として好き放題していた王様が従兄弟のヘンリー4世にその座を追われ最後は殺害されるという割とシンプルな筋書き。ただ演出は凝っていました。まず役者は役柄に関係なく全員女性でした。不思議なのは見ている内に男性女性ということが全く気にならず、王様ならそのまま王様に見えてくるのが演出の妙ということなのでしょう。音楽は生演奏で要所要所で効果的な音楽を響かせていました。舞台装置は前面に竹の壁が作ってあって、イングランドやアイルランドではなくて、アフリカかアジアのどこかの場所設定のような雰囲気がでていました。本当のロウソクだけで照明効果を上げていたのも特徴的です(日本ではできないかもしれません)。

Wanamaker Playhouseはとても小さな劇場で、その割には人数は割と沢山入れるようですが、舞台と観客席がとても近いのが印象的です。

リチャード3世を2時間半見てて、王という種族ははかないものだと思いました。平家物語にも通ずるものがあります。トップの座にいるものはその時には多くの人がちやほやするのでいい気になりますが、いずれその座を追われることになります。これは王に限らずトップの座に君臨するものの定めと言ってもいいかもしれません。その座を滑り落ちたリチャード2世に人間的な側面が多く見られるのが面白いところです(王の座にいるときには王という立場にその人の人間性がのっとられているかのようです)。王と違って普通、殺されるところまではいきませんが、NISSANのゴーンさんをみているとリチャード3世と似たような運命をたどっているともいえるかもしれません。

1616年にこの世を去ったシェークスピアですが、死後400年を経てもその言葉や筋書きにハッとさせられるのは、音楽のベートーベンと同じ偉大さがあるのでしょう。

PS. 演劇には教えられることが多い。Shakespeareが “All the world is a stage” というように私達は自分の人生を演じているだけなのかもしれないと思える。映画 “About time” でも示唆されているように「2度目の経験だと思って何事にも当たると落ち着いて対処できる」と思います。人生は舞台と実は同じ事を言っていることに気づきました。何事も役者が演じているだけのことかもしれません。それが成功しようとしまいと、関係ないのです。

★今回の教訓:同志社女子大学英語英文学科の教員としてはいずれいかなくては・・・と思っていた聖地のひとつグローブ座。案内してくれたEさんも役者なのでしょう、セリフ、いや説明の言葉がハッキリと聞き取りやすいだけでなく、顔の表情も自然に作っておられた。グローブ座はインパクトがある。

(2019.3.19)

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オックスフォード通信(356/09)i-Seminar 卒業式・学位授与式

本日は若ゼミ18期生の卒業式です

本日、ご卒業の17名の皆さん、ならびに英語英文学科を卒業されるすべての学生の皆さんに心よりお祝いを申し述べます。

同志社女子大学のご卒業おめでとうございます!

ゼミのメンバーには シンプルですが、“Congratulations!” と “Well done!” という言葉しか思い浮かびません。18年間の割と長いゼミの歴史の中で私が不在というある意味では最も危機的な状況でしたが、最も成功したゼミのひとつになりました。

先日、オックスフォード大のK先生とパブでビールを飲みながら、先生にとってはパラドックスが研究の大きな鍵を握っているというお話を伺いました。パラドックスは社会学だけでなく教育の世界にも当てはまりそうです。

まさに「教師がいないことが一番いい効果を産んだ」というパラドックスが当てはまる一年だったのかもしれません。私がいない分、責任感と当事者意識をそれぞれのゼミメンバーが持つなかで、互いに協力・サポートをしながら、卒論提出という栄光のゴールを勝ち取ったのだと思います。従来の私がいて卒論を完成した場合と比較して格段にその達成感は高いものになったと思います。自己効力感だけでなく、ゼミというグループに対する集団効力感も高くなったのでしょう。

毎年思うことですが、特に今年の18期生を見ていて「若者の可能性は素晴らしい」と思います。私の好きな映画『同胞(はらから)』(山田洋次監督)の最後に演劇を招聘した村の青年部のメンバーに河野さん(倍賞千恵子)が「若者の可能性ってすごいのね。この仕事をしていていつもそう思うけど、今回特に実感したわ・・・」とつぶやくシーンがあります。まさに同じ気持ちです。

そしてこの映画で河野さんが青年部のみんなを突き放すなかで、それぞれが成長していったことを思い出します。若者は突き放してこそ成長するのかもしれません。ほったらかしでもいけませんが、過保護も成長を妨げるのかもしれません。若木は嵐に育つ、という例えもあります。困難を乗り越えたところに大きな成長が待っているのだと思います。それはこれからの人生においても同じであると思います。

18期生は教師としての集団指導のありかたについても輝かしい示唆を私に与えてくれました。教師のサガではありますが、そのように大きく成長したゼミメンバーが卒業してゆくことは喜ばしく、誇らしいことではありますが、一方で一抹の寂しさも募ります。

この若ゼミ18期生を2年間担当させて頂いたことを誇りに思います。

すばらしい学生諸姉に出会うことができました。

すばらしい2年間を一緒にすごすことができて幸せに思います。2年間のすべてのプロジェクトに意味があったと思っています。満足感で一杯です。

18期生、ひとりひとりを誇りに思っています。

「旅の終わりは新しい旅のはじまり」でもあります。涙をこらえ、笑顔で17名のゼミメンバーを同志社女子大学から送り出したいと思います。

最後になりましたが、この2年間、若ゼミ18期生をサポートしてくださった皆様に感謝申し上げます。若ゼミの卒業生のみなさん、ありがとうございました。大川写真店様にはいつも綺麗な写真を瞬時に焼き増しして頂いております。本年もありがとうございました。若ゼミ18期生の授業をこの1年日本で担当してくださったS. Kathleen Kitao教授、TAとして1年間、親身になってゼミのアシストをしてくださった加藤澪さん、ありがとうございました。そしていつも深い理解と温かいサポートしてくださったゼミメンバーのご家族の皆様に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

そして、これからも、いつも、

Never miss an opportunity to be fabulous!

PS. 卒業記念パーティーの後半、i-SeminarらしくLINEビデオをつないでくれました。リアルタイムでお祝いをいうことができて良かったです。This is Seminar 18 signing off!

★今回の教訓:「若ゼミの2年間を終えて」というエッセイ(非公開)を17編読ませて頂いた(2月末提出)。どれも力作で涙なしには読めなかった。世界一のゼミだと思う。

(2019.3.18)

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オックスフォード通信(355/10)第九

第九というと年末のイメージがありますがそれは日本だけのようです

Royal Festival Hallで開催されたロンドン・フィルハーモニーの演奏会に出かけてきました。ロンドン・フィルハーモニーはロンドン三大オーケストラといわれています。

この一年、いろいろなことがありましたが、いわばイギリス在住の締めくくりの年末のような気持ちでこのコンサートを聴いておりました。前半のメンデルスゾーンやマックス・ブルックのバイオリン協奏曲も美しい演奏でした。特にブルックはノルウェー生まれのSonoko Weldeさんが素晴らしい独奏を披露してくれました。満席の聴衆の心をつかむ堂々とした演奏に何か勇気づけられるものを感じました。

そしてベートーベン。何度この第九を聞いたことか。その一回一回が思い出されるようでした。どの楽章も素晴らしいですが、弦と弦が重なりあるフレーズにはこころを動かされます。およそ200年前に作曲されても色あせることなく人々の心をつかむのはその音楽に美と真実が含まれているからだと思います。

と、同時にネットでもCDでもTVでも体験できる音楽になぜわざわざ足を運ぶのか、についても想いをめぐらせていました。それはおそらく、生の迫力に勝るものは無いということだと思います。生であるだけでどうなるか分からない。例えば誰かが静まりかえった場面で大きな音をたてるとその音楽が台無しになります。そのような脆弱性を抱えた生であるだけに、その場にいる全ての人がそのコンサートが成功するように協力をする必要に駆られる。にしても、その後音楽がどういう展開になるか「誰にも」分かっていないところにワクワクするのとハラハラするのが交錯して音楽に集中するのだと思います。その結末がいい形でおわれば拍手喝采となるわけです。

まさにコンサートとは誰かの一生を2時間くらいで見ているような、そのような気持ちにさせるものかもしれません。これはコンサートだけでなく一回一回の授業にも当てはまるものかもしれません。

57年の生涯でどれひとつハズレがない交響曲を9つ作曲したベートーベン。彼の音楽から学ぶことはまだまだありそうです。

★今回の教訓:生の迫力は生でしか伝わらない

PS. 隣に座っていた老夫婦。ご主人はオックスフォードで博士号を取得されたと行っておられた(1957年!)。奥様は南青山に10年住んでおられたと。互いに離婚歴のある二人は日本で出会われたそうだ。日本はとても美しい国だと絶賛しておられた。立ち上がるのが大変な状況(ご主人)でもコンサートに出かけてくることに感銘を受けた。

(2019.3.17)

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オックスフォード通信(354/11)バベル展とイギリスのパスポート

オックスフォード大学ウェストンライブラリーでバベル展が開催されています

昨年の夏にウイーンでバベルの絵画をみる機会がありましたが、オックスフォードでたまたまバベルについての展覧会があるなど縁を感じます。

バベルとは天に届くような塔を作ろうとしたがそれに怒った神が皆が協力できないようにするために人々が話す言葉を異なる言語に分け隔てるようにしたといわれた塔です。この展示会もバベルに象徴されるように、多言語と相互の翻訳の世界を描いています。

展示会ではバベルの塔の挿絵や例えばイソップ物語がどのような言語からどの言語に翻訳されてきたかなどが分かりやすく展示されていました。中にはピーターラビットもイソップのひとつとして置いてありました。

特におもしろかったのは、SuperDry。こればビールではなくて(ビールから触発されたといわれています)衣料品のブランドです。わざとぎこちなく直訳して「極度乾燥しなさい」と日本語が沿えてあります。意訳ではなくて直訳してあるところに興味を惹かれるところです。

もう一つはイギリスのパスポート。1988年までのものにはBritish PassortとBritishという言葉が全面に大きく書いてあります。一方それ以降のものにはEuropean Unionという文字が。説明書きにもありましたがBrexit後、このパスポートの表記の行方も気になるところです。種類は異なるかもしれませんが、日本の新元号によって運転免許証の表記が変更になることと何か共通するものを感じました。

ことばによって何かのアイディアやアイデンティティーが伝わってきます。翻訳によってその部分が伝わるかどうかは微妙な所です。

バベルー言葉ー翻訳ーアイデンティティー、この線上にあるものは人間の根幹に関わる事項なのかもしれません。

★今回の教訓:もし全世界が同じ言葉を使っていたらどのような世界になっていただろう。ひょっとしたら宗教も同一になっていたかもしれない。

(2019.3.16)

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オックスフォード通信(353/12)Red Nose Day-Comic Relief

Red Nose Dayというチャリティー番組がBBCで放映されていました

日本でもチャリティー番組は例えば日本テレビなどが1年に1回おこなっていますが、BBCのような国営放送がおこなうのは異例ではないかと思います。

特に、今年の目玉は映画 “Four weddings and a funeral” (1994) から四半世紀ということでそのリユニオンのショートムービーが制作・放映されたことです。この映画は、映画 “Notting Hill” (19xx) や”About time” (201x) でも脚本を書いたCurtissの脚本によるものです。私の好きな映画の1本ですのでその続編ということで注目していました。

日本と同じでメインのプログラムはなかなか見せてくれません。午後7時からスタンバイしていたのですが、午後8時半になっても。少しうとうととしてしまったら、何と既にショートムービーの後半!しかしBBCにはiPlayerという無料のオンデマンドがあるので慌てず最初から見ることができました。

映画はヒューグラントの子どもが結婚するという設定(女性同士の結婚です)。Mr.ビーンも司祭役で登場しオリジナルと同じ言い間違えをしたりして笑いを誘います。25年経つとヒューグラントをはじめみなさん老齢の域に達している感じ。見落としがあるかもしれませんがほぼ全員が出席していたように思います。

その他はBreakfastのDan Walkerを含む登山隊がキリマンジャロに登頂したビデオなど3時間くらい(途中でテレビを消したのでもっと長かったかも)の番組も飽きずにみることができました。日本のチャリティーとはひと味違う、笑いとユーモアにあふれたチャリティー番組に仕上がっていたと思います。

★今回の教訓: “Four weddings and a funeral”は丁度私が同志社に着任の年。この映画と同じだけの年月を大学で過ごしたことに感無量。

(2019.3.15)

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オックスフォード通信(352/13)ムービングセール

引っ越しの準備が佳境を迎えつつあります

とはいえ、現在住んでいるフラットはファーニッシュト(Furnished)で家具付きですので売りさばく(?)品目は数が限られています。最大の目玉のはずだった車は廃車になってしまいましたので(それでも廃車によって£164、また自動車保険の解約で約 £100、払い戻しがありました)、ソニー製のテレビ(32型)、自転車2点、未使用の布団2点、デスクスタンド、延長コードくらいです。

さて、昔トロントのアパートを引き上げる際はNot Furnishedでしたので、全てのもの、それこそベッドからデスクまで売りさばく必要がありましたで気合をいれてオープンハウスをしましたが、今回はMoving Saleのメールを関連するネットワーク(オックスフォード新規居住者向け)に送ることにしました。

綺麗に写真を撮り、送信。すると、2時間以内に10件の問い合わせ(メールまたはText=SMS)。反応の早さにビックリしました。特に人気なのがテレビと自転車です。これで儲けようと思っていませんでしたのでかなり低めの赫々設定が良かったのかもしれません(自転車は £30と £5)。布団も昨日の内に完売。残りはデスクスタンドと延長コードですが、もうこれは誰かにあげて帰る方がいいかもしれません。

いよいよ回りも片付きはじめ、帰国が現実的になってきました。本当はBrexitとともにイギリスを去る予定でしたが、6月末まで延期になってしまったため、平穏に去ることになりそうです。

★今回の教訓:Moving Saleはなかなかスリリングで楽しい。反応があるのが面白い。魚釣りに似ている?そんなことはない。一度、日本の研究室でもやってみようかしら。(写真の自転車はオーストラリア人がご購入、 £30=4500円、ちなみに半年前に前輪のタイヤ交換= £30)。

(2019.3.14)

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オックスフォード通信(351/14)Brexit騒動

Brexitまであと17日、これは私の帰国日とも合致するものです

昨日(3/12)にはメイ首相がEUと交渉を重ねてきた修正案が前回に引き続き大差で否決されてしまいました。私はEU離脱には何もメリットはないと思うのですが、特に保守党(Tory)の強硬派には辟易としてしまいます。このままNO DEALとして離脱すると混乱するのは目に見えていますし、困るのは英国民でしょう。

それを喜ぶのは自分達の権益だけを守り、自分が生きている間だけは何事もなければいいという日和見主義です。EU離脱に賛成しているのであればどうするのか責任ある意見を述べるべきであると思います。メイ首相に働くだけ働かせて自分達はどこ吹く風というのはどこの国にも見うけられる人達です。

それにしてもメイ首相の粘り強さというよりは意志の強さと堂々とした態度には頭が下がります。ウソを言うことも、ごまかすこともなく、正々堂々というのがいいところです。国会中継も必然的に見る機会がありますが、議論は理路整然とおこなわれ、寝たりぼうっとしたりするヒマもそのようなムードもありません。だからこそ不思議なのはこの期に及んでこのゴタゴタぶりです。民主主義とはそのようなものかもしれません。

本日は、NO DEAL、つまり何の手段も講じないで離脱するかどうか、明日はBrexitを延期するかどうかについての投票がおこなわれます。これで今後10年程度のイギリスの行く末が決まってくるのではないかと思います。注視したいところです。

★今回の教訓:一国の首相には気品と弁舌の論理性が必要だ。言葉の種類には関係ない。

(2019.3.13)

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オックスフォード通信(350/15)チャペルサービス

昨日の日曜日、University College のSt. Mary Chapel の礼拝に参加してきました

10時半から1時間くらいの礼拝でしたが、イギリス国教会の礼拝の進め方はどこもよく似ていて参会者も聖書の一節を一緒に声に出す参加型になっています。私はクリスチャンではないのですが、聖書の一節を読んでいると自然と自分の考え方が狭かったり、もう少し広い視点から物事を見なければいけないという気持ちになるので不思議です。

奨励(preacher)ではFacebookなどに時間を奪われるのではなく人生を豊かに生きるために時間を使おうと呼びかけられていました。言っておられることはそれほど驚くべき事ではないのですが、歴史ある教会でお話を聞くと自然とうなずきたくなります。

気候や天気も重要ですが、「場」も重要だと思います。昨日は天気が劇的にコロコロと変化する日でした。雨が降っているかと思えば、爽やかな青空が広がり、一転、雹が降ってきたり(雹が頭に当たって痛かった)、雪がチラホラでなく本降りになったりと一日の間にいろいろな季節を実感したような日でした。

そのような中、教会には太陽の陰が美しく照らし出され(この写真には映っていませんが)、人生の神秘を自然と感じるようになります。ヴェネチアでもそうでしたが、教会の存在は観光だけでなく、人の生き方に大きな影響を与えていると思います。むしろ、人の生き方と寄り添ったところに教会があるのかもしれません。京都、詩仙堂の軒に「生と死は重要なり」という看板がかかっているのを思い出すのですが、教会とは要は「生と死」に関わるものだと思います。そして人として生きてゆく限りこの2つの縛りから誰しも逃れることができません。だからこそよい人生を生きようと思うのだと思います。

私は高校時代、東寺の境内に建てられた寮に住み、その高校に通っていましたが、仏教もキリスト教も神道も生と死という1点においては同じだと思います。

メメントモリ(死を思え)という言葉がありますが、人は限界を認識する際、より残りの時間を大切に生きようと努力するのかもしれません。

★今回の教訓:来訪者がある度にオックスフォードの名所を一緒に回った。回る度によい発見があるのがその街の成熟度ということなのだろう。長い歴史の中では一人の人間の存在は点にすぎないがその点が大きな光を放つこともある。

(2019.3.12)

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オックスフォード通信(349/16)ゴンドラに揺られて

ものは試し、ゴンドラに乗ってみました

どこで乗っても30分で€80と明朗会計です。ただ、30分で行ける範囲は思ったほど広くなく、ヴェネチア中心部のRealtoから乗るとマルコポーロの生家をまわって帰る程度です。それでもサンマルコ広場から乗るよりはマシなようであのため息橋(The bridege of sigh)を往復する程度で終わるようです。それだけ水面の移動には時間がかかるということでしょう。

大学時代(37年前)にはゴンドラに乗るなど思いもよらないことでしたので、昔果たせなかった夢を果たしたことになるのでしょうか。

水面にユラユラと揺られながら、極端な話ですがヴェネチアの人達は人生をこのように楽しんでいるのかもしれないと思いました。実に気持ちのいいものです。普段よりも低い視点から建物、道、歩く人が見えます。また直線距離を移動しますが移動スピードは歩くよりも遅いか早いかという暗いのスピードです。

しばらくすると細い路地の運河に移動します。水面から見上げると4階建ての建物でも見上げる程の高さになります。こうやってゆっくりと移動すると心持ちもユッタリとします。ヴェネチアに二泊三日、この街の魅力を堪能したように思います。考えてみるとこの間一度も自動車というものに乗らなかっただけでなく目にしませんでした。ヴェネチアは大小の運河と細い路地ばかりですので車が入る余地がありません。

水上都市の面目躍如というところでしょうか。日頃の喧噪がから逃れてのんびりした気持ちになりました。

移動するスピードをゆっくりとすると心の在り方もゆったりします。これは今回の体験です。

帰りの飛行機はマルコポーロ空港8:20発のBritish Airwaysです。アナウンスにあったとおりアルプス上空を飛んでいる際かなり揺れました。こちらの揺れはゴンドラとは異なり命の危険を感じます。これまであまり飛行機に乗って揺れた経験がないので(一度、カナダのカルガリーからバンクーバーへ飛んだ時、乗客が祈りを捧げるほど揺れたことがありました)ドキッとします。

いい意味でもそうでない意味でも旅をするといろいろなことを考えさせられます。

PS. 機上でこの草稿を書いています。ロンドンまであと485kmという表示が。あと1時間。全部でも1時間50分。しかも時差で1時間戻るので、20:20に出発して到着は21:10。

★今回の教訓:3.11から8年。その時どこで何をしていたか、生涯忘れることはない。1.17, 9.11とあわせて。

(2019.3.11)

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オックスフォード通信(348/17)ムラノ

ヴェネチアガラスのメッカ、ムラノ・アイランド(日本語に訳しやすいです:村の島)

現在宿泊しているホテルはS. Angeloのすぐ前。運河に面していてとても便利な場所にあります。ACTvという水上バスに乗って一路S. Marcoへ。運賃は24時間乗り放題ですが、S. Angeloは小さなバス停なので自販機もなし。船の中で買うことに。本当は2日券を買いたかったので、S. Marcoで降りたら買うというと、じゃあSt. Marcoまでの乗車券を買えとおっしゃる。幾らと聞くと€15と。やむなく一日券を買うことに(€20。この辺りの料金設定の無茶苦茶さがイギリスとよく似ています)。

ムラノという日本人的な名前の島まで約1時間。途中の(水上)バス停を停まり停まり進みます。ムラノは運河沿いはほぼすべてヴェネチアガラス一色。ブラブラとあるいていると天気も良く個々地域持ちです。

良く思うのですが、人の幸せの1/3健康状態が占めると思います。残りは、1/3が仕事や経済状態、達成感など、そしてあとの1/3が住んでいる場所の気候や天気ではないかと。その意味ではヴェネチアを歩いている人は観光客だけでなく、在住の皆さんも幸せそうに見えます。このようないい天気ばかりではないかもしれませんが、風光明媚で3月でも温暖な気候であると自然と笑みが漏れてきます。

今回、私はイギリスから飛行機で1時間50分(実際には時差があるので時刻上は+1時間)でヴェネチアに到着しています。ヨーロッパに住んでいれば2時間くらいでどこにでも行ける計算です(もちろん南の端から北の端まではもう少し時間がかかりますが)。そう考えるとヨーロッパに住むということはとても幸せなことだと思います。少し寒いところにも温かいところにも気分に合わせて移動することが出来る。バカンスを本格的に楽しむことができます。太陽の光をたくさん浴びると北風と太陽の寓話ではありませんが、自然とポジティブな気持ちになります。何かあたらしいことをはじめてみようという気持ちになることができます。

今回は時間の関係でヴェネチアのみの訪問ですが、歩きながら幸せを噛みしめることができるように思います。

ちなみにムラノでは(中にはMurano Shopというお店もあって、日本語に直して一人で笑っていました)、ヴェネチアガラスの店でペーパーウエイトを購入しました。なかなか気に入っています。

PS. サンマルコ広場などで日本人特に大学生風の観光客を沢山目にします。中国人よりも日本人観光客の方が多いような印象です。そんなにヴェネチアって人気あったのかと思っていました。

★今回の教訓:人の気持ちなんて案外簡単に変わるもの。天気が良ければそれだけでハッピーな気持ちになるのが不思議。

(2019.3.10)

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オックスフォード通信(347/18)ヴェネチアの迷路

今回はヴェネチアの島のホテルに滞在しています(前回といっても、大学3回生時ですので、37年前は大陸部のシティーにあるホテルに泊まりました)

その関係で食事の後も歩いてホテルまで帰ることが出来るのは有り難いのですが、このヴェネチアの島の部分はメイズのような迷路です。細い路地が張り巡らされ、途中に運河を渡る橋があちらこちらに架かっています。かと思えばその橋が架かっていないところがって、つまるところ行き止まりになります。

特に夜は見当がつきにくいのでどうしてもスマートフォンのGoogle Mapを頼りに歩くことになります。私だけかと思えば、みなさん歩いている顔が薄青い。つまり携帯の光に顔が照らされて歩いておられます。結局、みんな道が分からずGoogle Mapを見ながら右往左往しているようです。

このような迷路はどこかで経験したなあ、と思い出してみると、大学時代に訪れたモロッコ・ラバトの旧市街地(メディナ)が同様の迷路になっていました(当時はスマートフォンもなかったので迷路から脱出するのが大変でした)。

しかし、そのメイズのような路地を歩いていると昔ここが都市国家として独立した国であった誇りとその面影を垣間見ることが出来るような気になります。どの壁面を見上げても風格があります。歴史が何かを私に語りかけてくれているな気にすらなります。

ヴェネチア、ヨーロッパ中のヨーロッパと言えるかもしれません。

★今回の教訓:水辺の都市は面白い。道路に自動車が走っていない。簡単なことだけどすごい。工事の物資も宅配もボートで運搬。自動車完全ゼロも達成できるもの。

(2019.3.9)

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オックスフォード通信(346/19)コンタクトレスとキャッシュ

オックスフォードに住んでいるとクレジットカードが進化しているのがよく分かります

今朝は2時半に起床、3時半にタクシーを予約して(時間どおり来てくださいました。降りかけに君達は日本人か、私はパキスタンから来たと親愛の情を示してくれました。少しチップをはずんでおきました)、さあグロスターグリーンからperiod returnという3ヶ月有効の往復チケットを買おうとすると、 £30以上はコンタクトレスではダメだと運転手がのたまいました。

最初、え、と思ったのですが、前にもそのような状況があってすっかり忘れていたことを恥ずかしく思いました。まだ腰が痛いのですが、近くのATMまでダッシュで小走りしてキャッシュを下ろしてきて事なきを得ました。

オックスフォードでは、現金→クレジットカード→それの進化形で暗証番号を入力しないでカードをマシンにかざすだけで決済が出来る→それのアップルペイ版と進化しています。現在、多くの場合、最後のアップルペイを使うことが多いです。それは、わざわざ財布からクレジットカードを出す必要がなく、iPhone Xであれば顔認証でアップルペイの画面が出てくる便利さからです。

ところが、今回の場合のように £30以上はだめだとか制約を覚えておかないと大変なことになります。今回は近くにATMがあったから良かったのですが(このようなことがあるから近くにおいてあるのでしょうけれど)そうでないとバス自体に乗れなくなってしまします(片道切符を買えばいいのですが)。

ただ不思議なのは便利だと、全部それで済むと勘違いしてしまい、前回の失敗を忘れてしまうことです。日本でもカード決済がもうすぐ本格的に利用される時代になることだと思いますが、今回のような制限事項は付きまとうとおもいますのでよく覚えておかないといけないと思います。

★今回の教訓:ロンドン~フランス上空~スイス~イタリアと飛行した模様。途中、スイス上空でアルプスが雲から顔を出してくれた。とても綺麗だった。

(2019.3.8)

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オックスフォード通信(345/20)イギリス英語

こちらに来てあまりイギリス英語とアメリカ英語の違いに注目してきませんでした

それはオックスフォード大学が世界中から学生・院生・研究者・先生が集まっているので、スペリングで例えば、realizeをrelise、centerがcentreと表記されるような特徴的な事以外には気が取られることがありませんでした。

アシュモリアン美術館勤務のPさんと今日話をしていて語彙の微妙な違いが面白いと思いました。書き記すような事でもないのですが、よく俗語で使われるassというのはイギリス英語ではロバという意味で人を馬鹿にする(その点では同じですが)時に使われ、通常のお尻という意味ではないとのこと。一方、その意味では、arse という言葉を使うとのこと。話がややこしいですがここまでくると単なる表記の問題でもないようです。

オックスフォードのバスにのるとMetroというフリーペーパー(ロンドンと共通)をもらうことが出来ます。中にはひと言ありがとう (Good Deed Feed)とか偶然会ったあの人に(Rush-Hour Crush)などの投稿のコーナーがあって面白い新聞です(このような新聞を授業で使うと面白いと思うのですが)。これが毎日発行されているのがすごいと思います(それだけのいい行いと偶然の出会いがあるのですね)。今日のその記事に、ロンドンの地下鉄でGospel Oak駅とBarking駅の間のOverground service路線についての記事がありました。Pさんに言わせると昔は、Underground (=tube; 地下鉄)に対して地上を走る電車は全てOvergroundと言っていたそうですが、現在では地下鉄なのに全路線地上を走る特定の路線のことをOvergroundと呼ぶそうです(私はピカデリーラインのようにヒースロー空港近くになると地上を走る部分のことかと誤解していました)。

アメリカ英語に慣れているとイギリス英語は分かりにくいと思うのですが、このようなunderground=overgroundなどの例にあるように(最も昔の意味の場合ですが)イギリスの方が分かりやすいことがあります。

発音についても、can = can’t は圧倒的にイギリス英語の方が発音しやすいです。canをアメリカ英語的に発音するとcan’tといっているように聞こえることがありますが、イギリス英語の、カン (can)、カーント (can’t) と発音すると誤解されることはありません。

国際語としての英語を使う場合には、「通じることを前提」にイギリス英語+アメリカ英語+カナダ英語+ニュージーランド英語+オーストラリア英語の日本人に使いやすいところを取捨選択することもあり得ると思います。すると、日本人が美徳とするような「美しい英語」という幻想からも脱出する事が可能となるかもしれません。

明日からヴェニチアを旅してきます。

★今回の教訓:そろそろジャパニーズイングリッシュという蔑視ではなく、Nippon英語というジャンルを確立してゆく時期かもしれない。Nippon English なかなかいい呼称かもしれない。

(2019.3.7)

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オックスフォード通信(344/21)小切手をもらったら・・・

古くて新しいのがチェック(小切手)です

愛車を廃車にしました。スクラップ(scrapともdismantleとも言います)として車を売ることが出来ます。インターネットで探すといくつかの業者があり、一昨日のNISSANの後、すぐにその手続きに入りました。話は結構早く、インターネットで申し込むと見積もりが出て、翌日確認の電話があり、本日朝ピックアップの時間を電話で確認、午後車のcollectionに来てもらうという手順です。

日本円で2万円くらいで売ることが出来ました。MOTで8000円くらいかかりましたので差し引き1万円の+となります。半年とはいえ、あちらこちらにドライブを楽しませてくれた今となっては愛車ですので少し名残が惜しい気持ちです(忘れ物はないはずだったのですが、キーチェーンを付けたままにしてしまいっていました!)。

さて、午後に大型のキャリアカーでピックアップに来てくれたのですが、代金はキャッシュではなくてチェックで受け取りました。チェックを見るのは実に18年ぶり、カナダ生活以来です。早速現金化するため、Cornmarketにあるバークレー銀行に赴きました(小切手の発行先がバークレーだったので)。ところが、queue に並んで順番が来て、I’d like to cash the checkというとATMカードを出せというのですね。バークレーでは昔一悶着ありましたのでもちろん口座がありません。すると、口座のある銀行に行けと言われてしまいました。

昔は小切手をその場で現金にしてくれたのですが(endorseといって裏書きをすることでOKでした)現在では現金ではなくて口座に払い込む形になっているようです。H銀行に行くと口座開設のお手伝いをしてくれたclerkがまたまた親切に作業をしてくれました。必要事項を記入して(これははじめてでは分からない)ATMのカードに通すだけ。3日ほどで払い込まれるそうです。時代は進化しています。

ついでに銀行の届け出住所を日本に変更したい旨を伝えると快く変更に応じてくれました。ところが、作業を変わった若い男性社員が私の日本の住所を入力してサインするように求められたプリントアウト書類をみてビックリ。国がJAPANではなくてJAMAICAになっています。以前、銀行口座を開設した際にPINコードは来たものの、結局ATMカードがフラットに送付されなかった理由が分かったような気になりました。

きっと UNITED KINGDOM のかわりにUKRAINE あたりになっていたのではないかとにらんでいます。

車の保険も解約して自動車についての手続きは一応終了。鍵につけぱなしにしてしまったキーチェーン(アビーロードスタジオで購入した!)もスクラップ会社に電話をすると回収の運転手に連絡をしてくれたようで先ほど電話があり、明日郵送してくれるとのこと。イギリスはこのようなシステムは日本同様きちんとしています。

PS. 廃車手続きをMOTに送付する郵便もCo-opのPOST OFFICE(スーパーに郵便局が併殺というか合体しています)から出そうとすると、店員さんが宛名を見つけて、配達証明書付にした方がいいとアドバイスをしてくれました。日本と同じようなサポートがあるのがイギリスですね。

★今回の教訓:チェック(小切手)はまだまだ商用で利用されているけれど、使い方は進化しているようだ。

(2019.3.6)

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オックスフォード通信(343/22)St. Cross College

オックスフォード大に春休み滞在中のO先生にランチにご招待頂きました

O先生はオックスフォードにもう何十年も来ておられて、オックスフォードの隅々までご存じの東京のA大学の先生です。オックスフォード大博士課程で学んでおられるNさんと一緒に、先生が現在滞在しておられる、St. Cross College のランチによんで頂きました。

St. Cross College は有名なパブ、The Eagle and Childのすぐ近くでシティーセンターでも本当の中心部にあります。何でもその前を通りかかっているのですが、中に足を踏み入れるのははじめてのこと。

中は外の喧噪とは別世界。どこのカレッジも外部の騒音と遮断しているところがアカデミックなムードへ人を誘うのでしょう。O先生は退職まであと2年というお年ですが知的好奇心は誰よりも旺盛でアクティブにいろいろなセミナーや行事に参加されていて、お会いする度に私も見習わなければと思わされます。Nさんも現在博士論文をほぼ書き上げられた才媛。このような人達といろいろなお話ができるのは幸運な限りです。

ランチの食堂では教員も学生も中にはかなりお年を召した恐らく名誉教授の先生でしょうか、いろいろな年齢層の方々が同じ場で食事をしています。このような機会が日常的にあることが、いろいろな知的交流を生み、新たなアイディアが生まれる元になっていくのでしょう

オックスフォード大でジョイントプロジェクトをさせて頂いているR先生との研究も随分話がスッキリしてきたように思います。これもアイルランドに旅をしたりいろいろな人と話をすることによって、考えが磨かれてきたからだと思います。

★今回の教訓:ご飯を食べながらの交流は古典的だが一番効果があるように思う。気負いがなく、神経の80%は食べる事に向いているので構えず話ができることがいいのだろう。

(2019.3.4)

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オックスフォード通信(342/23)MOT

車の車検に落第しました

帰国に併せて車をこちらで売却する予定にしていました。ただイギリスでは最初の3年でしたか、それを過ぎると毎年車検(MOT: Ministry of Trasprotation)があり、現在乗っているNissan Almeraも来たる4月3日が車検の期限ですので、少しは早い目に終えておこうと、3月4日を予約しておきました。

本当は前の所有者のK先生から教えて頂いたTさんにしてもらうはずだったのですが、連絡をしてもなしのつぶて。しかたなしにKidlintonにあるNissan販売所に連絡をしてMOTを受けることに。朝の11時にピックアップに来てくれて予定では同じ日の午後4時に返却の予定でした。ところが、その4時くらいに怪しい電話がかかってきました。

どうも車検を通すには修理がかなり必要らしく、NISSANまで来て欲しいとのこと。朝と同じ女性が若手の社員を伴って登場。駐車場に置いてある日産の車を持って帰るための要員です。キドリントンまでは20分くらい。道すがら大体の様子を聞きました。すると流石に2000年製ですので19年前の車はガタが来ているようで、多くの部品を交換しなければならないとのこと。特に深刻なのがエンジンからのオイル漏れとのこと。そういえば、先日ストーンヘンジまでドライブした際、キーキーという音が前部から聞こえていました。ただやっかいなのはこのMOTが登録されてしまっていると、車検を通さない限り車に乗れないとのこと。予定では3/20まで(私の国際運転免許証の期限が切れる)は乗る予定にしていました。

支店に到着するとRさんが事情を詳しく説明してくれました。修理事項がズラリと。少なくとも £1500、ひょっとすると £2000(=30万円)はかかるとのこと。それだけのお金があれば中古車が一台買えますし、第一転売することが難しいです(正直に告白しますが私はこの車を £600で売ってい頂いています)。しかも修理には2週間かかるとのこと。

本当はこの車のバトンを次のY先生に渡す段取りになっていたのですが、こうなると断念せざるを得ません。無念です。半年でしたが、コツウォルズを中心にいろいろなところに連れて行ってくれました。もう少し走らせてやりたかったです。

ただ帰りが大変。Rさんから書類のサインしろとのこと。よく見ると、こんなことが書いてあります。この車は車検が通らなかった危険な車、自宅などまでこの車に乗って帰るというけれど、私達には責任はありません。ドライバーの責任です。もし途中で警察に呼び止められたら £2500の罰金は本人が払いますと。ええええ。先ほどの説明ではRさんはダッシュボードにおいておけばしばらくは運転出来る証明書をあげると。話が違う。でも仕方ありません。警察に出会わないことを祈りながら20分の道を、同時に最後のドライブですので、Almera に感謝しながら運転をしました(時刻は午後6時半くらい、何しろ右のヘッドライトが切れていますので、パトカーにすれ違ったら一巻の終わりです)。

幸い、無事フラットの駐車場に到着。よく見ると一度も洗ったことがないAlmeraが外も中もぴかびかに。さすがNISSANです。Rさんともいろいろな話が出来て面白かったです。でも、ここでAlmeraがとお別れとは思っていなかったので満開の桜をバックに寂寥感が増す夕暮れとなりました。

★今回の教訓:車検はどこの国でも甘く見てはいけない。通らないかもしれないと思っていたらもう少しゆるそうな工場に持ち込んだのに。ただ、不十分な点検で次の方にバトンタッチも申し訳ない。何やら、ゲームの黒ひげ危機一発によく似ているような気になりました。

(2019.3.4)

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オックスフォード通信(341/24)同志社女子大学と人のつながり

大学でのつながりはいいものです

もうすぐ、若ゼミ18期生の卒業式ですが、このようなゼミメンバー同士のつながりもとてもいいものですが、大学を介したつながりもいいものです。

通信340にも書かせて頂きましたが、母がヒースロー空港から日本に帰る際、同志社女子大学ご出身でX航空にFlight Attendantとしてご勤務のSさんにはひとかたならぬお世話になりました。

月に数回搭乗されるということですが、母の乗るフライトにたまたま偶然搭乗されたとは思えません。きっといろいろとやりくりをして頂いたのだと思います。チェックインのアシストをして頂いたり、北極圏上空を飛行時には母にオーロラまで見せてくださったようです。

実はSさんと私はそれほど年も離れておらず、ひょっとしたら大学時代にどこかですれ違っていたかもしれません(私が一浪で入学していますので3年ほど重なっています。しかも後半の2年間は同女の西北、寺町今出川に下宿していました)。2年前に同志社女子大学英語英文学会が50周年の記念同窓会を開催した際にYさんを介して御紹介頂いたのがご縁です。

大学を起点にしたこのようなご縁は人を言葉では言い尽くせない幸福感を与えてくれます。それもこれも同志社女子大学にそれだけの求心力があるからだと思います。20代前半をすごした貴重な大学、その名前を聞く度にいろいろな思い出が蘇ってくるのだと思います。それは私もまた同様です。

大学を起点にいろいろな人間関係が作り上げられていくことはとても嬉しいことです。これからもいろいろな場でそのようなことがあるといいと思います。ゼミメンバー同士のつながりはもちろんのことです。

★今回の教訓:人と人のつながりほど人を幸せにしてくれるものはない。そのような人間関係を大切にしたい。

(2019.3.3)

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オックスフォード通信(340/25)母来訪

 88才米寿を迎えた母がオックスフォードまでやってきてくれました

この1年間、少なからずの方々にご訪問頂いたのですが、母が最高齢となります。もちろん長時間のフライトはとても心配でしたが、X航空にご勤務で同志社女子大学ご出身のSさんを中心にフライトスタッフの皆様に温かいご配慮を頂きながらヒースロー空港に到着することができました。

本当はロンドンにも連れて行きたかったのですが、私自身ぎっくり腰になってしまったこともありオックスフォードを中心に一緒に散策したりしました。いろいろなところへ行ったのですが、なんの変哲もない(というと失礼ですが)オックスフォード植物園に行ってそのあとアフタヌーンティーを一緒に楽しんだのが一番の思い出のように思います。

植物園まで母と同じスピードで(しか歩けない!)歩きながら、朝鮮半島に生まれ、満州、牡丹江で暮らしていたこと、そして敗戦直後の引き上げの大変さ、そして引き上げてきた後の祖母の兄弟の家(山梨県・甲府)での居候暮らしの居心地が良くなかったことなど、系統的に母の人生のストーリーを聞いたように思います。

これまで何度も機会があったはずですが、母と二人、オックスフォードのハイストリートを歩きながら、植物園のベンチに腰掛けながらじっくりと話を聞きました。昭和5年(1930)生まれの母が日本に引き揚げてきた時が15才、敗戦前の勤労動員でろくに勉強できなかったため、甲府で女学校に編入したものの勉強について行けず、潜在能力を認めてもらい師範学校への進学を担任の先生に勧めてもらいながらも、断念したこと。本当は勉強したかったけれど周りの環境が許さず、17才で京都府綾部市で働き始めたこと、など、これまで点として聞いていたことがすべてつながったように思いました。母の向学心が子ども達は是非とも大学に進学させたいと思った動機になったことが母の人生を通して納得できました。

我が家は世間的には決して裕福な家庭ではありませんでしたが、兄妹3人、浪人や留年など(3人もどちらかを経験)親に苦労をかけながらも大学を卒業させてもらっています。今、大学で教える立場に回っていますが、あらためてひとりひとりの学生の背景にはいろいろなストーリーがあることを実感しています。

この若ゼミダイアリーの現在の主人公の18期生には「若ゼミ18期生を終えて」という非公開のエッセイ課題を提出してもらっています。どのエッセイも涙なしには読めない力作ですが、その中にはわざわざxxxから京都に出てきた甲斐があった、親に高い学費を出してもらった甲斐があったという記述が見うけられました。

大学教育でそのように思ってもらえるゼミや授業をしてきたことは、母の人生ストーリーと重ね合わせも、私自身教師としてこのゼミを担当できて良かったと心から思えるものでした。

恐らく、母と外国を歩くことはもうないだろうと思います。この母の来訪は私の人生にとってもとても意義深いものとなりました。あらためて、兄妹、妻をはじめ母を温かくサポートして下さった皆様に感謝の気持ちで一杯です。

★今回の教訓:親孝行と言えるかどうかは定かではないが、一緒の時をじっくり持つことは大切だと思う。

(2019.3.2)

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オックスフォード通信(339/26)C.S. ルイスとトールキン

ナルニア国物語とホビット(又は指輪物語)はオックスフォードにゆかりのある物語です

それぞれの作者のC.S. ルイスとトールキンがオックスフォード大学の教授であったこと、この2人が同時代に生きていて街の中に足跡を残していることがその理由のひとつとしてあげられます。もちろん、この他にも不思議の国のアリスを書いたルイス・キャロルも有名です。

さて、C.S. ルイスとトールキンを含めたメンバーが定期的に集って会話を楽しんでいたパブが今も現役でオックスフォードの街中にあります。The Eagle and Child(イーグル&チャイルド)というパブです。大学の中心部にありますので、それぞれオックスフォード大の教授であったことを考えると行きやすかったということもあるでしょう。

そのパブは何度か行っているのですが、どこにその足跡があるのかこれまで分からなかったのですが、昨日そのパブに行ってみると、彼らの写真が飾ってある部屋がたまたま空いていて、その場でエールビールを頂きながら彼らが議論していた姿を想像していました。

イギリスのパブはそれほど明るくないのですが、その例に漏れず明るすぎず暗すぎずいい感じの雰囲気です。大学とは異なった環境で話をするといいインスピレーションが湧いてくるのでしょう。ラフマニノフもWriters Block(いわゆるスランプ)に陥ったことがあると解説に書いてあったのですが、日常的にビールを飲みながら会話をする場を持っているとスランプにも陥りにくいと思います。

文学の歴史が息づくのがオックスフォードとも言えると思います。ナルニア国物語とホビットがパブでつながっているのは面白いと思います。もう一度、読んでみたいと思います。

★今回の教訓:文学は作者の頭の中だけで存在しているわけではなくて、街の温かい雰囲気や友人との楽しい会話が刺激になって生まれてくるものなんだろう。

(2019.3.1)

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