オックスフォード通信(198) MT

本日はMultilingual Teaching(MT)についてのセミナーに出席しました

講演者はカナダ・トロントのRyerson 大学のR先生でした。現在、トロントを中心に世界各国でMultilijngual Teaching が展開されていてその理論的根拠について丁寧にお話いただきました。

トロントというと私と家族が約20年前に住んでいた大都会で(日本でいうと渋谷のようなところのアパート18Fに住んでいました:とても便利で「部屋」から徒歩5分以内の所に映画館が3つありました)、当時子ども達は8-9才(小学校1年生~3年生)の2年間、地元の Jesse Ketchum Junior and Senior Public School に通っていました。

今日のお話をお聞きしながら自然とその当時の事を思い出していました。先生方がとても親切で娘の担任の先生はMs. Yoshidaという日系カナダ人で(もともと和歌山出身だと言っておられましたがカナダで生まれたので日本語はほとんどしゃべれないと言っておられました。ただ、顔つきが全く日本人のままだったのでそれだけでほっとしたのを覚えています。偶然ですが、校長先生も日系のカナダ人でした。息子の担任はMr. Reedというカナディアンでしたがフレンドリーでいつも息子のことを気にかけてくれていました)。

トロント大学のすぐ横の小学校ということもあり、生徒の親が私のように大学院生であったり研究者であったりするので、もともとトロント自体が移民が多い街ですが、このケッチャム小学校に限っていると半数以上が外国人又は移民であったように思います。カナダ自体がBilingual Education, Plural Culture を政策にしているのでそのような移民の子ども達も温かく迎え入れようという風潮はありましたが、移民の子ども達の言葉をクラスに積極的に取り入れようということはなく、むしろなるべく早く英語に慣れてカナダ生活に溶け込ませようとしていたように思います。

本日のR先生のお話の要点は以下の通りです。

MT (Multilingual Teaching) は移民や外国からのビジターの子ども達だけでなく、すべての人(生徒も教師も含め: For everybody)が利益を得ることができる。

これまでの英語に慣れさせるという方法であると、Home Language を徐々に失うことになり損失である。移民の子ども達は声を上げることすらできない。また、Home Language で得た知識を活用出来ないことは大きなロスである。

世界がグローバル化しているのに応じて、カナダの英語母語話者もローカル・カリキュラムに留まるのではなく、このMTを通してグローバル・カリキュラムに触れるようにするべきである。

NewcomersとMonolingualの二項対立ではなくて、カナダ人も移民も Bilingual(英語+α)になることができる点にMTの醍醐味がある。

そのために教師の役割や覚悟も重要である: All teachers are all language learners (Cummins, 2005)

世の中が英語一色のグローバル化を突き進もうとしている中で、EGLF (English as a global lingua franca) と併せて、カナダでこのような MT (Multilingual Teaching) を通して、英語母語話者もよりグローバルになろうとする動きがあるのが素晴らしいと思います。

ただ、質問もさせて頂いたのですが、カナダやトロントの教育委員会がこのMTを採用しているわけではなく、単に”… embrace various languages” と唱っているに留まっているとのことです。MTが広まるには、R先生も仰っておられましたが、MTなんてできないとうそぶく先生の足を止めて、こうすればできる、こうすればこんないいことがあると話をしながらひとりずつ説得しているいく必要があるようです。

“Teaching through a multilingual lens” (Cummins, xxxx) という発想が必要なのでしょう。

あらためて英語をネイティブとする側から、移民や外国人の子ども達を受け入れる側から、一歩も二歩も歩み寄る姿勢は新鮮で重要だと思います。ただ、一方でその歩み寄るなかで英語の母語話者の子ども達が得ることができる「グローバルマインド (Global Mind) 」とは何なのか、この部分についての理論的な整理が必要だと思いました。

R先生のおっしゃるように、英語しか話すことのできないMonolingualsではなくて、いろいろな言語に寛容でコミュニケーションすることのできる人達がグローバルマインドの範疇に入ると思うのですが、まだ私もその続きが分かりません。

カナダやイギリスへの移民という問題以外にも(もちろん日本へのブラジルや中国からの移民してきた子ども達の日本語問題も含めて)この問題は重要な問いかけをしていると思います。

英語を母語としない者:EGLFとして英語を学ぶ
英語を母語とする者:英語を話そう、学ぼうとする隣人の言語に寛容でできればその言語を学ぼうとする

何かこの辺りに、これまでの「グローバル化している世界だから英語を学ばなければいけない」「なぜ英語なのか(英語帝国主義論)」の対立を解く糸口があるようにも思いました。

ちなみにR先生の母語はウクライナ語であると仰っておられました。

(2018.10.11)

★今回の教訓:グローバルレンズを通してみるといいことって何だろう?これが分かると(説得力のある答が得られると)世の中の問題が結構片付く。
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オックスフォード通信(197)Poster Presentation

学部全体でのポスターセッションに参加してきました

これはいい機会と私もH先生との共同研究のここまでの成果をポスターにまとめて発表させていただきました。5:00-6:00がポスターセッション、6:00-6:30がラウンジが新装されコーヒーコーナー(Pring’s)の公式オープン行事でした。

教育学部には数多くのリサーチグループがあり(約10個)、そのリサーチグループ毎にポスターボードコーナーがあり約1時間にわたりポスターを通した発表会となりました。

学生の皆さんもそうですが、私達もこのような発表の機会は以下の意味で重要です(1)期限までに何とかデータや考えをまとめようとする、(2)人前で発表するので適度なプレッシャーを感じながら頭の中でリハーサルをする、(3)ポスターセッションのように人と話をすることによって新たな発見がある。

トロント大学のMerrill Swain 博士が提唱したアウトプット仮説がありますが、まさにアウトプットすることによって自分の研究の欠陥に気づき、また仮説を試す機会となります。本日いろいろな人と話をする機会がありましたが、グローバルリンガフランカとしての英語をどのようにストラテジー研究に結びつけるのか、いいところまでは来ていると思うのですが、もう一歩考えを進めないといけないと自覚することができました。

同時にこの発表会を通して多くの人と話をして知り合う機会になりました。現在、4回生の卒論のなかで、Trigger(きっかけ)が外国語学習において大事ではないかと考えている人がいますが、その通りだと思います。ひとつのきっかけで世界が大きく広がり、気持ちが豊かになることがあります。

よく、Never miss an opportunity to be fabulous! と学生の方に言っていますが、本当ですね。正直、発表会の前は少しドキドキしていましたが、終わってみると晴れ晴れした気持ちになります。人生、少しドキドキする事の方がいいのかもしれません。

Never miss an opportunity to be fabulous!

(2018.10.10)

★今回の教訓:さあ、第二歩を!

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オックスフォード通信(196)i-Seminar 第18回目: 英語でプレゼンテーションは問題?

本日のiSeminarは前回に続きChapter 2&3についてのプレゼンテーションでした

日本は体育の日の祝日でしたが、最近の大学は授業日数確保のため月曜日の祝日は成人の日を除き授業日となっています。

3名欠席(内、1名は教育実習)の中、8名がプレゼンテーションをおこないました。私はドラフトを既に読んでいるので内容はよく知っているのですが、書いたものを読むのと、本人が口頭で発表するのとでは大違いでいろいろと考えが浮かんできます。

6分(プレゼンテーション)+ 3分(質疑応答)+ 1分(交替時間)= 10分間を一人の持ち時間として8名がプレゼンテーションをおこないました。この方式はこの10年くらいゼミで実施している伝統の方式です。こう言うと、20分くらいの時間をとって3-4名ずつくらい進める方がいいのではないかという意見もあるかもしれませんが、全員がプレゼンテーションが終わるまでに1ヶ月以上かかってしまいます。

3回生でBehaviorism(行動主義)を学んだのですが、そのステップ・バイ・ステップ方式はこのような卒論を進める際には有効だと思っています。

さて、iSeminarらしく、パワーポイント(必ずしもマストではないけれど)でのプレゼンの後、オックスフォード側から私が質問→応答、あと1名くらいの質問ですぐに時間切れで「もう少し質問したい」「もう少し話したい」という気持ちがあるのは事実です。

ところで、本日のゼミ(後半の議論)で問題になったのが、英語でプレゼンテーションをすると、内容の理解が十分できないので、有益なコメントを書きにくいという意見がでてきました。もっともだと思います。一方で、発表者がドラフトを棒読みしているので(本人ですら)分かりにくいという意見も。このような議論ができること自体が貴重だと思います。

現在、私が所属するオックスフォード大学教育学部では、EMI(English Medium Instruction)についての研究が盛んになされていますが、この理解度の問題はこのゼミの英語での発表問題に限らず重要な問題であると思います。

10月もそろそろ半ばです。

後から考えるとこの10月にもっと頑張って卒論に取り組んだら良かったと言わなくていいように、お互い時間を大切にしたいものです。

幸いにしてFacetimeは3時間半のゼミの中で2回フリーズしただけでした(フリーズしても音声と同志社女子大学側の映像は正常に映っていました;いつフリーズするか分からないのですが、フリーズしている時の映像は重要だと今日思いました。時々間の抜けた顔のままフリーズしていることがあるのですが、その映像をインターネットを通して自分でみることほど間の抜けたことはないと思います)。

そうそう今日は1回三脚に固定のMacがこけました。キャスター付きですがどこかで引っかかったのでしょう。気をつけていきましょう。

(2018.10.9)

★今回の教訓:秋学期のゼミも順調なペースになってきた。今年のメンバーでできることをもっとやっておきたい。
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オックスフォード通信(195)マラソン

本日は、オックスフォードマラソン(ハーフ)が開催されていました

参加した、わけではもちろんないですが、幸い現在住んでいるアパート(フラット)の前がルートに入っているというので、朝10時前に表に出てみました。

先日、テニスを一緒にしたTさん達が走ると言っておられたので探していたのですが、それどころではないすごい数の皆さんが走っておられました。

恐らく人生でマラソンを生で見るのは初めてではないでしょうか。ちょうど折り返し地点の手前のだったので、折り返す直前のランナーと折り返して来たランナーの両方を見ることができました。

すごいですね。迫力というか、個々のランナーを見るのはほんの1-2秒のことですが、それぞれのランナーから何か訴えかけるものを感じます(いわゆるかぶりもののランナーはほぼ皆無で[1名だけいらっしゃいました]みなさん真剣そのものの表情でした)。マラソンが好きで走っている胃人、何かを賭けて(お金ではない)走っている人、健康増強のために走っている人、仲間と一緒に走っている人、タイムをかけて走っている人(先頭ランナーも見ることが出来ました)。それぞれぞれのモチベーションが違うけれど同じロードをマラソンランナーとしてこれだけ多くの人が走っているのがとても興味深かったです。

その中で一人の女性がKeep Calm and Run onという紙を掲げて「Come on Guys! … (何か言っておられたようにも思いますが覚えていません)」と声援を送っておられたのが印象深かったです。もちろん、「Keep Calm and Carry on」のもじりですが、いい言葉ですね。

マラソンにも人生があるのですね。

(2018.10.8)

★今回の教訓:関係ないと思ってもまず足を運んでみることは大事だ。何か感じるものがある。
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オックスフォード通信(194)もう2019年?

本務校の同志社女子大学から2019年のゼミシラバスを書くようにメールが届きました

このようなメールを読むと一気に気分が来年度になってしまいます。考えてみると毎日書き続けてきたこの通信ももうすぐ200回、優に1年間の折り返し地点を過ぎたことになります。

来年度はすでに多くの授業が決まっていて、有り難いことにこの在外研究を機に一端辞めさせて頂いた大学・大学院からも来年度から引き続き非常勤講師をするように依頼をいただいています。忙しくなるのは当然ですが、このような厚意には何とか時間をやりくりしてお応えしたいと考えています。

さて、来年の授業で少し頭を抱えるのは、学生のみなさんが集まってくれるかということです。おかげさまでこれまで情熱と意欲を持った優秀な学生のみなさんが結集してきてくれて世界一と豪語できるゼミを作ってきてくれました。iSeminarをしている本年度の4回生(18期生)も史上希に見る素晴らしいゼミになってきています。

問題は本年度、京都の地で授業を担当していないので学生の皆さんが私のことを覚えていてくれるか少し心配しています。もちろん来年度の4回生ゼミは3回生なしの4回生スタートなのでそれほど多くのメンバーが集まることは想定できないと考えています(しかし、Yさんのように、私のこの在外研究に合わせて、若ゼミに参加すべくドイツでのワーキング・ホリデーの後にもう一年今度はオーストラリアでワーキングホリデーをして待ってくれている学生の方もおられます。来年4回生もきっと創造力に富んだゼミになると思っています)。

そこで現、4回生、iSeminarの若ゼミ18期生のみなさんに相談したところ(困ったときには、素直に学生の皆さんの意見を聞くのが一番です)、さすが20代、頭が柔らかい、いろいろと考えてくれました。考えるだけでなくいろいろとすでに行動を起こしてくれています。

そのひとつがインスタグラムです。私はTwitterかと思ったのですが、インスタの方が断然いいということらしいです。現在、若ゼミの紹介をすべくゼミインスタがスタートしていますので、来年度若ゼミにと思っている人も、卒業生の方も、たまたまこのブログを読んだ人もよかったらご覧下さい。またとかくいろいろな風評が立つ若ゼミですのでその疑問に答えるべく FAQ (Frequently Asked Questions)のページも立ち上げてくれる予定になっています。

本日は、一日雨で、11月下旬のような気候でした(最高気温8℃)。夕方、ジムに行ったところ(最近毎日30分体を鍛えています)、教育学部のSさんにバッタリお会いしました(というか、私がランニングマシンにいるところを見つけて声をかけてくれました)。Sさんには4月当初、訳が分からない際にいろいろと親切に大学のことやこの街のことについてアドバイスを頂いたのですが、この度目出度く博士号を取得されたとのことでした(オックスフォードでは口頭試問のことをvivaといいます)。いつも明るい方ですが、今日は一層顔が輝いていました。Sさんおめでとうございます!(偶然の一致ですが、トロントで一番仲の良かった院生もSさんと同じ名前でした)。

Sさん、博士号取得、おめでとうございます!

(2018.10.7)

★今回の教訓:残り時間を考えながら、来年度を想像しながら「残りの時間」を楽しみたい。
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オックスフォード通信(193)A&J さん

お隣のAさんJさんご夫妻と楽しいディナーを楽しみました

以前お招き頂いたので(通信88参照)、今晩は我が家においで頂きました。日本では隣といっても玄関を出てと少し面倒ですが、フラットの場合はほんの10歩くらいの距離なので和気あいあいとできるのは楽しいものです(実際、帰りはAさんは靴も履かず、持ったまま帰られました)。

だし巻き卵にいなり寿司、鮭の白味噌焼、デザートは白玉とあんこ・バニラ、お酒はビールに日本酒(澤の鶴)と日本食全面のディナー、AさんもJさんも喜んで平らげてくださったので良かったです。しかし、日本食の世界への浸透度は着実に進んでいるようで、本日のメニューでオックスフォードで手に入らなかったのはいなり寿司のお稲荷さんでした(8月に遊びに来てくれた東京のIさん夫妻が持ってきてくれました。ありがとうね)。

フランス人と英語で3時間半くらいはなすのは楽しいです。お互い第二言語ということ以上にフランスや日本のこと、それぞれの歴史や地理(これが一番盛り上がりました。方言の話をしている中でフランスは南北の移動はできるけれど東西の移動ができないと、中部には大きな街もないと、これは定かではないようですが)、イギリスのEU脱退問題など話が多岐に及んだのがよかったのだと思います。

その背景には互いの国も文化も心から尊重し、尊敬の念を持っているところがあったと思います。フランスと日本、どちらがいいわけでもなく、それぞれのいいところを聞きだそうという姿勢があったので清々しく楽しい会話になったのだと思います。(英語母語話者と話をするとなかなかそうはならないのはなぜでしょう)。何となく互いの文化を尊重することの意味が分かったように思います。まず第一歩は相手の文化に興味を持つこと。当たり前ですが、その興味を質問や会話で示すとなると少しハードルが高くなります。でもここがポイントだと思います。

それにしても日本料理ができるというのは大きな特技になると思います(私ではありません)。それについていろいろと説明をしながら、そうだよな、日本ではこうなんだな、ということを確認できるところに、愛国心とか望郷の念が沸いてくると思います(これから留学やワーキング・ホリデーで外国に住む人は三品くらい日本料理できるようになっておくといいかもしれません)。

このようなお話をお聞きするとフランスへ行かざるを得ません。機会を見つけてフランスに行ってみたいと思います。

PS. サマータウンに新しいパブができたとAさんJさん(早速行ってきたらしい)。行ってみようっと。

(2018.10.6)

★今回の教訓:気の合う隣人がいるのは有り難い。イギリスのこれからの冬も楽しく過ごせそうだ。
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オックスフォード通信(192)Lawn Tennis

イギリスに住んでいる間にしてみたかったことのひとつに芝の上でのテニスがありました

オックスフォード大日本人研究者グループの皆さんと本日約2時間、Lawn Tennisを堪能させて頂きました。先週パブで集まりがあった際に(通信185参照)世話人のK先生が、シーズンは終わっているけれど、できればもう一回とおっしゃっておられたのですが、そのK先生のご尽力で本当のラストに参加してきました(K先生にはラケットまでお貸しいただきました。ありがとうございます)。

さて、気合いをいれてUniversity Parkのテニスコートに午後5時前に到着しました。午前中は曇りがちでしたが午後になって日本的に言うと秋晴れのすがすがしい天気に。雲ひとつない、という形容がぴったりの絶好のテニス日和になりました。

芝でテニスをしてみて、予想以上にボールが跳ねないことを実感しました。多分最後の瞬間までボールを見ないで勘で打っているのでしょう、ラケットの真ん中に中々当たりません。最初に辛抱強く相手をして下さった別のK先生のおかげで徐々に感覚がつかめるようになってきました。とはいえ、ネット際のボールはほとんど取れない。跳ねないのでその位置のボールはほとんどが絶好のドロップショットになります。

でも、芝は優しく、足が疲れません。走っても地面から足をサポートしてくれているようなふんわりした感覚が心地よいものがありました。子どもの頃、家の前にあった農林試験場の芝生で遊んでいたことを思い出しました。

本日は総勢で9名の参加。それぞれ所属やしている研究は異なるものの、日本では決してお会いすることのできない優秀な研究者の先生ばかりです。

その先生方と大笑いしながら楽しくテニスをできたのが最高の思い出となりました。イギリスではテニスをする際には(芝だけ?)Tennis Whites といわれるように上から下まで白ずくめでないといけないそうです。何とかかき集めて白っぽく見せたのですが、T先生がこの日のために白のウエアを揃えられたように(K先生は錦織のユニクロモデルを着ておられました)、ラケットも揃えて本格的にテニスをしてみたいとちょっぴり思いました。

これで日本に帰ったら教務次長のS氏から必ず聞かれる「芝でテニスしましたか?」という質問に「もちろん」と自信を持って答えられそうです(2時間だけですが)。

オックスフォードの芝コートの風景は一生忘れないだろうと思います。

PS. 筋肉痛は3日後くらいか?と茶化されていましたが、帰宅後しばらく立ち上がれないくらいの全身痛(筋肉痛ではないかも)。

(2018.10.5)

★今回の教訓:思いっきり体を動かすのは気持ちのいいものだ。若ゼミメンバーよりも先にスポフェスに参加した気分。
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オックスフォード通信(191)Coffee Morning

今週の水曜日も学部のCoffee Morningに参加してきました

といっても本日は人も少なく(先週は学期の始まる前だったので非常に多かったのかもしれません)3人と話しただけで終わってしまいました。私が到着したときには皆さん席に着いている感じだったので、そこに知り合いがいないとなかなか入っていけないものです。まあ話が盛り上がらない時もありますね。それを怖がっていたらこのようなオープンの会には参加できません。

さて、コーヒーの所にいたCさんはBathから来ておられてこの学期から先生のアシスタントをすると言っておられました。やはりBathはいい街のようで是非とも見るべきだと、できれば温泉にも入るべきだと言っておられました。電車は乗り換えがあるので圧倒的に車の方が近くていいようです。Bathはストーンヘンジの少し西にありますので、日の暮れがあまり早くならない内に(一番短い時には午後4時半には暗くなるそうです)行ってみようという気になりました。

このオックスフォード大の教育学部は多くのコースをかかえているだけになかなか顔見知りの人をつくるのは難しい感じがします(昨日は学部の図書館にいたら16才というと高校生でしょうか、この教育学部ではどのような勉強をするのか、熱心に質問をしてきた女子学生がいました)。フレンドリーですがカナダに比べると誰とでも、というオープンな感じは少し後退するようにも思いました。少し保守的なのでしょうか。しかし、これもまたいい経験です。

イギリスでは先週が労働党大会、現在が保守党の大会が開かれているのですが、焦点はもちろんBrexit(EUからの脱退)問題です。EUから脱退することによって人と物資の交流は確実に後退すると思います。メイ首相は二回目の住民投票はしない、と強く主張しています。オックスフォードではEU離脱反対の声しか聞きません。私がイギリスを離れる来年3月末がその期限になっています。これからの動きにも注視したいと思います。

ここまで半年、考えてきたこと、研究してきたことをポスターにまとめてみました。来週月曜日学部の大ポスター発表会があります。もし機会があるようなら一緒に発表させて頂こうと思っています。何事にも前向きに、自分の力の及ぶ範囲で力を尽くしたいと思っています。

(2018.10.4)

★今回の教訓:時間をコントロールすることがまず重要。その中でなるべくコマ目に時間を区切ること。
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オックスフォード通信(190)愛犬、まるのその後

イギリスに来る際、我が家で大きな問題になったことのひとつに今年で14才になる犬(ビーグル犬、まる)の処遇でした

先日、オックスフォード研究者の会でお会いした一橋大学のY先生はネコを連れてこようとしておられましたが、長年飼ってるペットをどうしたらいいかというのは実は大きな問題です。

私はよくいろいろな人に言っていますがあまり動物が好きではありませんでした。小学校の時に当番でクラスで飼っていた金魚の水替えがあったのですが(家が小学校の真ん前だったので休日の当番はよく当たりました)、魚釣りにはよく行っていたもののあの金魚がどうも苦手で、妹に頼んで一緒に来てもらったくらいです(よく覚えています)。

また私が小学生の頃には私が住んでいた綾部市には野良犬が沢山いて、追いかけられて(走るから追いかけてくるんだと兄がよく言っていましたが、じっとしていても噛みつくような感じでした)よく恐い思いをしましたし、中学生の時には通学路の途中に恐ろしい顔をしたブルドック(今から考えるとみんなそんな顔をしています)がいて通行人に丁度触れるくらいのリードの長さでその前はよく走って通っていました。

そのような経緯があったので我が家で犬を飼うかどうかが話題が話題になったときには真っ先に反対したのですが、民主的な家庭で、一人一票でしたので、1対3で敗退してビーグル犬のまるを飼うことになりました(名前は、ちびまる子ちゃんから来ています)。

しかし飼い始めると、いろいろと悪さはしましたし脱走して警察のお世話になったこともありましたが、これほど可愛い犬はいないのではと溺愛するようになりました。人間の変化は恐ろしいものです。渡英が決まった際にも、当初は一緒に飛行機に乗せて連れてこようと思ったのですが、イギリスの検疫が半年であることをしって泣く泣く断念した経緯があります。

現在は京都府丹波町にある老犬ホームで預かって頂いています。親身丁寧に24時間態勢でみていただいています。FBにも毎日写真やビデオをアップして頂いているのでオックスフォードから毎日その姿を追っています。1年半前に一端は歩けなくなった状態から奇跡の復活をして自力で歩けるようになったのですが、半年前から腎臓の機能が低下しているようで、最近その機能が一層低下していると御連絡を頂いています。9月の三連休には息子と娘がそろって会いに行ってくれています。

現在14才、何とか来春、再会できるのを楽しみにしているところです。

命は愛しいものです。

(2018.10.3)

★今回の教訓:イギリスでもたまにビーグル犬を見かけることある。自然に目が行ってしまう。
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オックスフォード通信(189)i-Seminar 第17回目: プレゼンテーションスタート

延長コードも購入し万全の態勢で臨んだ iSeminar でしたがこれまでで最も厳しい状況となりました

台風の影響でしょうか、月初めだからでしょうか(10/1) 、コンピュータ自体はWifiに繋がっているのですが、その先、FacetimeにもLineにもつながりません。ゼミメンバーとかろうじてLineのテキストメッセージは交換できるのですが、何度試してみても90分間、ビデオ通話は一切つながりませんでした。ゼミメンバーがよく動いてくれましたが、本日はTAのK先生もお休みだったため、その分大変でした(不思議なものでこのようなトラブルはそのような状況でおきるものですね)。

本日のゼミは Chapter 2-3章のプレゼンテーション、各自、10分(質疑を含めて)パワーポイントを使っての発表となりました。ビデオ通話はできませんでしたが、ゼミメンバーが機転を利かせて最初の30秒をビデオにとって送ってくれました。私からの質問はラインテキストで送って、司会者(Convener)が口頭で質問するという形をとりました。この辺りの自発的な対応は流石だと思います。

本日のゼミで一番重要だったのは自分の研究内容を口に出してみんなの前で発表するということでした。私がいない分、Convenerの2名を中心にみんなが協力をして、自律的に動けたということでは返って良かったのかもしれません。

ただ、朝6時から起きて、7時のゼミに備えていた私としてはフラストレーションのたまるセッションとなってしまいました。

ベストを尽くしましたが、結果がベストなものになっていない可能性もあります。1回1回のゼミを大切に、という思いが強いだけに、この部分は辛いものです。しかし、考えてみると、日本の大学、特に同志社女子大学の教育環境は「良すぎる」部分があるのかもしれません。世界に目を向けると、インターネット環境やエアコンが整っていないところは山のようにありますし、授業をするために甚大な努力をしなければ実現しないところは

後半は、大学のサポートセンターのTさんに来て頂き(名前を間違えていてすいませんでした)、通信環境を確認して頂きました。Macの問題点として、日時・時刻がずれていたので修正した(と言っても何時間ほどなんですが)。また、これまでの通信ログを削除していただくと、今度はFacetimeで接続できるようになりました(ただいつもよりも頻繁にフリーズしました)。恐らく台風の影響で、日本から海外への接続が何か問題があった上に、Mac上の問題もさらに接続を難しくしたのだと思います。

ゼミ後に今後の解決策を以下のように考えました。
1. ゼミは学生で全て進める(私が参加できてもできなくても)
2. そのために進行表(テレビやラジオの番組の進行表のようなもの)をゼミ全体で共有する(時間付きで)
3. ゼミは自分達で進めるという意識を持つ

iSeminarはなかなか話題に事欠きません。

(2018.10.2)

★今回の教訓:iSeminarの「i」は昔(?)NTTの携帯、i-modeのiが私を示していたように、インターネットのiではなくて、私のiなのかもしれない。
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オックスフォード通信(188)Stonehenge

世界遺産のストーンヘンジに行ってきました

行くべきかどうか、行くまでに何名か行ってこられた方々に聞いてみたのですが賛否両論でした。ある方は素晴らしい、来客が日本から来る度にお連れしている。ある方は時間の無駄。思ったよりも小さいし、大体近くに寄ることもできないと。

9月最後の日曜日、丁度時間もあったので思い立って行ってみることにしました。オックスフォードからは高速A34で南下し、1時間くらいのところで(Sutton Scotney)西にA303に入って30分、計1時間半ほどで到着しました(途中その西に折れるところを間違って戻ってきましたが)。

さて、結論から。高速A303を走ってそろそろかなと思う頃に、草原の真っ只中に突然、そのStonehengeが現れました。そう、突然。これは虚を突かれた感じなのですが不思議な感動がありました。そして、思ったよりも大きかったです。確かに触ることはできませんが、近くで見ることができます。私は断然行く価値があると思いました。インスピレーションが湧いてきます。

ここは世界遺産ですが、同時にイギリスのNational Trustという自然保護財団が管理しています。Visitorセンターという受付や駐車場はストーンヘンジ自体からはかなり離れた場所にあってそこに車を駐め、シャトルバスで移動することになります。

入場料は £20(3000円くらい)とかなり高いですが National Trust の年会員になっておくとむりょうで入ることができます(K先生のおすすめで6月に会員になりました)。

さて、シャトルバスで3分くらい揺られると到着です。ストーンヘンジを大きく取り囲むようにルートが設定され、確かに石に手を触れたり円の中に入ることはできませんが(夏至と冬至の日は特別に許されるようです)、印象としてはかなり近くで見ることができる場所があります。

「今日は混んでますか?」と受付で聞くと「Very Quiet」という返事でしたがかなりの観光客が来ていました。チケット売り場で自動再生のガイド(ditch, barrowという英語が何度も出てきました)を借りると「楽しい一日を」(うろおぼえです)と日本語で返ってくるほど日本人観光客も多いようです。

何が良かったかというと、これだけ有名で、世界遺産にもなっていて、いろいろな研究がなされているにも関わらず、このストーンヘンジが何のために作られたのか、分からないという謎に惹かれます。どうやってつくったかについては説明がなされていましたが(すべり台のような台を設置してひもで引っ張る)5000年~3000年前の人類がもし本当にこのような知恵を持っているとしたら驚異的だと思います。その目的ですが、夏至の日に光が一直線になるように作られているため自然を頌える又は自然を観測する施設、祭殿、何かのシンボルなどいろいろな意見があるようですが、ピラミッドのように絶対的な権力者(例えば王)がいない状況でこのような巨大建造物をどうして作ろうとしたのか、そこには作らないといけない理由があったとと思います。確かに祭殿かもしれませんが、自分の命を賭けてまで、遠くから石を運び、石の上に石を積み上げる一大建造物を一般国民が作ろうとするか、疑問です。

恐らく私達の想像を超えた理由があったはずだと私は考えています。

その疑問以上に感動したのは、紀元前5000年前にそのような知性をもった人類がいたことです。この原稿を書いている現在は2018年ですが、紀元後(AD)としてもまだたかだか2000年ほどです。紀元後にしても人類が生きてきた長い時間のほん1/4程度ということです。まして一人の人間が生きることができる時間というとほんの一瞬ということになるかもしれません。

自分の想像をこえた、人知を超えた何かを目の辺りにするのは自分の存在がいかにちっぽけなものかを実感させます。と同時に、そのようなちっぽけな人間でもそれぞれが命をつないできたからこそ現代の人類が存在するのだとも思います。

ひとはどこから来てどこに行こうとしているのか。そしてその壮大な人類の歩みの中での自分の役割は何だろうと、などと考えていました。

(2018.10.1)

★今回の教訓:手塚治虫は漫画「火の鳥」の中でストーンヘンジと奈良県の石舞台を比較していた。彼はそこに何を見ていたのか。
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