日本人全体としての英語能力が一層向上できるようにしたいと念願しています
この部分について異論を挟む向きはほぼないと思います。しかしその方法については異論続出だと思います。特に、小学校からの教科しての英語と大学入試にTOEFLなどの民間テストを活用することについては。いわば英語教育の入り口と出口ですね。今回は、前者の「入り口問題」について私見を述べたいと思います。
2020年から教科としての英語が小学校5年生から、小学校3年生から外国語活動が始まります。と言っても、京都市のように既に前倒しで開始していたり、2020年から更に小学校1年生から(ということは小学校入学と同時に)外国語活動を開始するところもある。
早期英語教育に疑念を抱く研究者が主張するような母国語である日本語に対する影響はないと思いますが、インターネットで得られ新聞報道を見る限り、小学校から始めることが重要であってその効果は二の次という印象は拭えません。
どれだけ早く始めても「週に1-2回程度のDrip Feed(ボタボタという感じです)の授業では、後から集中的に始めた人たちに簡単に追いつかれてしまう」という事をカナダの研究者、Lightbown and Spade (1999, 2003, 2006, 2014) が名著 “How languages are learned” (Oxford University Press) で明快に述べています(SLA, Second Language Acquisition 研究の知見)。
若ゼミでも2009年から豊中市の小学校とSTEP (Shogakko Teaching English Project) と称して継続的にプロジェクトを進めてきましたが、確かに小学生の方が、1) 物怖じしない、2) 他の教科との連携が取りやすい、3) 興味を持って学習しやすい、という点で中学生より外国語に対する適性に優れていると感じてきました。ゲーム感覚で授業にタスクを持ち込むとこれまで中学生以上のクラスで感じたことのないような集中力とスピーディーな反応に驚いています。この時期に、英語は難しくない、むしろ楽しく、コミュニケーションのツールとして活用できると実感することはむしろ有益であるとすら感じています。
しかし、問題が小学校での英語教育をどうするか?どのような授業を展開するか?という事ばかりに集中して、義務教育の終了する15才、又は高校教育の終了する18才、又は多くの大学で教養英語という形の終了する20才でどのように英語能力を身につけさせるのか、という議論が手薄であると思います(CEFRでの目標値は示しているよ、という声が聞こえてきそうですが)。
昨年度まで地元のK市の教育委員を務めさせていただいていました。そこで小中連携の重要性を事あるごとに提案していましたが、教育委員会と言えども、実は如何ともし難い状況があり、小学校での英語をどうするか、に話が終始してしまいました。それは、もともと小学校での英語教育が現場サイド(中学校を含め)からの発想でなく、文科省からのトップダウンで降りてきたものである事。教育委員会はその決定に従い、各小学校でどのように実施するかにしか、考える時間も人的リソースを与える余裕がなく、本来なら議論の中心にあるべき、小学校で英語の授業をどうするか、そして小学校で学んでいた英語を中学校でどう発展させるかについて議論する必要性は感じながらもできていない状況でした。
この間の動きを見ると、どうしてもアリバイ作りのように思えてなりません。つまり、「なぜ日本人は英語が下手なのか」ということについて、文科省的に対策を取っていますよ、という。でも本気で日本人の英語能力を上げようと思っているのなら、早くから始めることの効果をどのように中学校で高め、高校につなげてゆくかについて、議論するような指導と財政的な援助(=人的配置)をするべきです。もちろん、中高の英語の授業改革(英語の授業は英語で)や入試制度の手直し(4 skillsの測定)なども提唱されていますが、それらを現場でどのように実現するかについての議論と検証は十分とは言えません。
ひとことで言うと、文科省がこう決め、通達したのに、教育現場はそのように変わっていない。教育委員会からもっと強く指導するべきだ。このようなマインドセットであるかぎり、一部のモデル校を除いて、小学校からの英語が功を奏するわけはありません。
まずゴールを日本人の英語能力を高めることに据え、そのために最も欠けているいることを
リストアップして(主として財政)援助することが筋です。
欠けていること
① 小中連携の人員。つなぎめ、すなわち、小=中、中=高、の連携が不足している。各公立中学校にできれば大学院卒の英語教員加配を置き、校区の小学校の外国語活動、英語の授業のコーディネートをする仕組みを作る。これは実際に授業をしながらでは大変なので、授業ゼロにして、各小学校を巡回したり、会議を主宰する。
② 1クラスの人数が多い。コミュニケーション指向の授業というなら少なくとも中高等学校すべての英語の授業をG8の先進国がおこなっているように20名以内にする。財政的に大変だという声が聞こえきそうだが、そもそもお金を掛けないで英語能力を上げることが無理なのです。
③ 早期英語教育を既に実施してきた自治体の学力慎重の検証が見えない。早急に検証をおこない(報告書を見たことがありません)、データベースで小学校からの英語教育をするかどうか議論する。
④ 4 skillのバランス。大学でもそうですが、ライティングが本当に必要かどうか議論するべきだと思います。BICSやCALPという議論を踏まえ、まんべんなく4つのスキルが必要かどうか、改めて考えてみる必要があると思います。
⑤ 日本人が習得するべき英語像が明確でない。オックスフォードに来てみて、改めて世界各国の留学生は国際語として英語を使っていると実感します。合わせて、日本人が目指すべき英語使用とはどのようなものなのか、についての議論もしてゆくべきだと思います。例えば、アメリカ英語とイギリス英語のミックスも有り、かもしれない。
私達が豊中市でSTEPプロジェクトをするきっかけは大学院時代の畏友N校長先生から、このままでは大変なことになるので、校区の小学校の外国語活動を見にきて欲しいと依頼されたことでした。一校長先生の一言でも小さな波は起きるのです。
文科省もいつまでも中央官庁からトップダウン式に号令をかけるだけでなく、選挙のように草の根で全国の中学校区を全て洗い出して、それぞれにリーダーを据えるくらいの本気さが欲しいと思います。全国を飛び回って良心的に講演会を行っているN教科調査官の善意を無にしないためにも、省庁としての本気さが欲しいところだと思います。
ただ冒頭で述べたように、小学校で3-4年生での70時間 (週1回、1×35週×2 =70)、5-6年生での140時間 (週2回、2×35週×2 =140)、計210時間(週6回分の授業相当)を中学校に移行して集中的に学ぶ計画も同時進行で検討を続けるべきだと思います。SLAの研究の知見は、長期にわたってチョビチョビするよりは、短期間で集中的に学ぶ方が効果的、です。この210時間あれば、例えば、中学校の英語の授業を現行の4コマに2コマ加えて、どの学年でも週6回、すなわち毎日1回以上の英語の授業がある形に持ってゆけます。そこに、20名以下の少人数を導入する方が、SLA研究を持ち出すまでもなく、効果的なのは自明だと思います。どうしても小学校から始めたければ、この中学校の英語の授業数を増やす形をまず導入し(小学校で誰が英語を教えるのかという問題はなくなる)、その間に小学校で英語を教える専科教員数を確保した上で、その増加分を小学校へ移譲すれば混乱を引き起こすこともありません。
小学校で英語を始めることが重要なのではなく、日本人が世界市民(Global Citizen)として誇りを持って生きていけることが大切であることを、再認識する必要があると思います。
(2018.7.27)