京都は長い歴史と伝統を持った街です。
鳴 くよウグイス、794年に平安京に都が移されて以来、約1200年の長い歴史を誇ります。私は京都の北、亀岡市に住んでいますが、今出川キャンパスに自家 用車で行く際には、そのような歴史を感じさせる数々の名所旧跡を回ってくることがあります。嵐山の渡月橋をわたり、天竜寺の前をとおり、弥勒菩薩で有名な 太秦広隆寺を横切り、石庭で有名な竜安寺、そして金閣寺の前を通り、今出川キャンパスに到着します。
また、9日、土曜日に新島先生の墓前礼拝が行われる若王子の前には、京都学派といわれる西田幾多郎ら哲学者が散策したことで有名となった哲学の道、そして銀閣寺、また南へ足をのばせば、美しい桜 で有名な南禅寺、円山公園そして清水寺があります。墓前礼拝の後は天気がよければ是非このように散策をして頂きたいと思いますが、京都はこのように長い歴史をハダで感じることができる街です。
し かし、京都は長い歴史を持つだけでなく、日本のまた世界の先進的な部分を感じることのできる街でもあります。東京と並んで最も多くの大学を有し、同志社 ローム館の名前にも刻まれた企業ローム、またオムロンや京セラ、任天堂などの京都を拠点とする先進企業が数多くあります。評価は分かれるものの、かつて最 も革新的といわれた蜷川虎三を府知事とする京都革新府政を四半世紀にもわたり支持したのもこの京都であります。
長い歴史と新しさ、この二つの顔が同居するのがこの京都のおもしろさだと思います。
これと全く同じ事はこの同志社女子大学にもいえることです。
入 学式で森田学長が紹介されたとおり、同志社女子大学は今から129年前、新島襄によって創設された日本で最も長い歴史と伝統を持つ大学のひとつです。その 歴史の中では、たとえば、みなさんが入学式を迎えた栄光館ファウラーチャペル、あの壇上にはかのヘレンケラーも登壇し、講演をおこないました。学長室にあ るゲスト用のサイン帳には彼女のサインがいまもくっきりと残されています。
し かし、一方でこの同志社女子大学においても何か新しいものを産み出そうとするエネルギーは常に満ちています。この4月から薬学部が創設されたことも、図書 館が増設されて新しい図書館として生まれかわったこともそうです。そして、この情報メディア学科もまたそのような新たなものを創り出そうとするエネルギー のなかで生まれたものです。このように 長い歴史と新しさ、この二つの顔はこの同志社女子大学においても同居しています。そして、この二つの顔が同居する、いや長い歴史と伝統の基盤の上にあるか らこそ、本当の「革新的な」新しさを産み出すことができるのではないか、と思います。
こ のように申しますと、中には、「確かに今出川キャンパスには歴史と伝統を感じることができるが、この京田辺キャンパスではなかなかそうは思えない」と言う 人もいるでしょう。確かに、129年の今出川キャンパスと比較して、この京田辺キャンパスは20年の歴史しか有していません。
しかし、ここで重要なのは、キャンパスの建物や教室、廊下といったハードウエアとしての歴史ではなく、新島襄先生建学以来この大学に息づく建学の精神というソフトウエアとしての歴史と伝統です。
同志社女子大学は建学の精神として、3つの柱を129年間堅持・発展させてきました。
その建学の精神として、
ひとつは、キリスト教主義。
基督教主義とは、「神の前にすべての人が平等であり」、「隣人を愛する気持ちを以て」広く社会や世界への関心をもつこと。」と言えます。
ひとつに、 国際主義
国際主義とは、「自国のためだけでなく世界の平和と幸せを願い、人類の共生を考える視点を持つこと」と言えます。
ひとつに、リベラルアーツ
リベラルアーツとは「幅広い分野の学問を通して物事の本質をとらえる力を養い、豊かな人間形成をはかること」と言えます。
この3つを私なりにわかりやすく言い換えるなら次のようになります。
基 督教主義とは「神の前にすべての人が平等であり」、「隣人を愛する気持ちを以て」広く社会や世界への関心をもつこと。」、すなわち、神の前では、言い換え るなら、真理の前で 教員も学生も、教授も講師も大学院生も学部生も同じ立場である。真理の探究を巡っては、教員も職員も学生も同じ立場で 大いに議論をすべきであると。「真理はあなたを自由にする」、と近藤宗教部長は入学式で聖書から引用されましたが、真理を模索する過程においては、日本的 な変な上下関係やしがらみは無縁のものであるということです。
国 際主義とは、「自国のためだけでなく世界の平和と幸せを願い、人類の共生を考える視点を持つこと」。これは外国との関係だけでなく、国内においても、学内 においても多様性を尊重し、自分とは異なった考え方を認めること、すなわち、自分とは異なる発想を認めるということだと思います。
そ して、リベラルアーツ。リベラルアーツとは「幅広い分野の学問を通して物事の本質をとらえる力を養い、豊かな人間形成をはかること」。すなわち、知的好奇 心を旺盛に持ち、自分は何に興味あるのかを常に模索しながら、探求的生活を行うこと。単に情報メディアという学問領域だけにとどまっていたのでは、新たな アイディアは浮かんできません。また大学内だけに留まっていたのでは、知的好奇心は刺激されない。「書を捨て街にでよう」とはまでは言いませんが、授業だ けでは大学時代の精神的成長はあり得ないと思います。大いに様々な場面で多種多様異分野の人々から学ぼうということだと思います。
人によって解釈は異なるでしょうが、私は建学の精神をこのように解釈してきました。
真理の前の平等という意味においての基督教主義、他者・多様性の尊重という意味においての国際主義、そして知的好奇心をかき立て探求的生活を行う基礎としてのリベラルアーツ。
私は、今出川キャンパスにいようが京田辺キャンパスで学ぼうが、新島先生が掲げたこの3つの建学の精神が歴史と伝統としてこの同志社女子大学に息づいていると思います。
歴 史と伝統の上に築き上げられる「新しさ」と、歴史と伝統のないところに築き上げられる「新しさ」には大きなへだたりがあります。その意味では、この同志社 女子大学情報メディア学科には、建学の精神という伝統を基盤として新たなものを産み出すことのできる素晴らしい条件が整っていると思います。
新しさは伝統の上に育んだ時に、うまく機能するものです。
今日から始まる、フレッシュマンキャンプ2005。入学式がこの大学における第一歩とするなら、このキャンプは、みなさんにとって記念すべき第二歩となるべきものです。
同志社女子大学の歴史と伝統、建学の精神をかみしめながら、あらたなものを産み出すための第二歩をこのキャンプで しっかりと踏み出していただきたいと思います。
このフレッシュマンキャンプが参加するすべての学生のみなさん、そして教職員にとって実り豊かなものになることを祈念して、お話を終わらせていただきます。
ありがとうございました。
(2005年度情報メディア学科新歓オリエンテーション開会礼拝での話から)
(2005. 4. 4)